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第10章⑱

 --沖縄で特攻兵として体当たり攻撃をさせられたのは、十分な飛行訓練を積む余裕もない若者たちだった。  それをさせたのは、戦闘を指揮した陸海軍の将校たちであり、さらに本土にあって沖縄を切り捨てると決めた人間たちだ。  殺害された小脇順右(こわきじゅんゆう)は各新聞社に手を伸ばし、自ら特別攻撃を賛美する記事を書いて掲載させた。そして河内作治(かわちさくじ)は、陸軍第六航空軍の参謀として沖縄の特攻作戦に関与していた…。  クリアウォーターの頭に、ある考えが浮かぶ。  小脇の行為は彼個人のみで実行されたとは考えにくい。背後に十中八九、軍の意向が働いていたはずだ。小脇が第六航空軍に所属していた時期に、河内作治もそこにいたのだ。  とすれば――河内作治こそ、小脇順右の喧伝活動を監督する立場にあったとは考えられないか?  赤毛の下でクリアウォーターの脳が高速で回転し、やるべきことの優先順位をはじきだす。河内作治の上官であった矢口(やぐち)(かおる)に、明日にでも連絡をつけるべきだ。この際、対面でなく電話であってもかまわない。沖縄戦において河内がどのような職務についていたか、細かい部分まで聞き出さねばならない。    …ワインの残量も少なくなってきている。そろそろ去り時だろうと、クリアウォーターが思い始めた時、ちょうどウィンズロウが言った。 「来たかいはあったかしら?」 「ああ。急な申し出だったにもかかわらず、協力してくれて感謝する。アラルド中尉も…」  クリアウォーターが目を向けた先で、中尉はテーブルに突っ伏していびきをかいていた。  ウィンズロウが話をしている間に結局、寝入ってしまったのだ。 「いつものパターンね。飲む、怒る、そして寝る」 「彼を、送っていく気かい?」 「もちろん――」  ウィンズロウはにやりと笑う。 「放り出していくわよ。本人がそうしてくれって言ってたし。これだけ暑かったら、風邪をひく心配もないでしょ」  瓶の底に残っていた最後のワインを、ウィンズロウはクリアウォーターと自分のグラスに注ぐ。 「――じゃあ、ワタシからもひとつ。いいかげんに教えてくれない、赤毛さん? あなた、今誰とつき合ってるの?」  何度目かの問いかけに、クリアウォーターは肩をすくめる。だが結局、考え直して――カトウが目の前の大尉と今後、接点を持つことはまずないだろう――答えることにした。 「君もすでに会っているよ」 「はあ?」 「ついこの前、君が操縦する小型機に乗せられて、ひどい目に遭った人間がいただろう」 「……ジーザス」  ウィンズロウはうめいた。 「あの、チンチクリンのカトウ軍曹? 冗談でしょう! あなた、小児性愛の()なんてあった?」 「…その台詞は失礼だぞ。私にも、カトウにも」 「いや、でも。軍服着てても、中学生にしか見えないし」 「彼は、今年で二十三だ。立派な成人男性だよ」  まったく。姉のスザンナにしてもそうだが。日系人や日本人を見慣れていない人間の目に、カトウはよほど幼く映るらしい。  ウィンズロウは大仰に息を吐く。まだ「信じられない」という顔だ。 「あなた、ワタシとつき合ってた時に、男の好みを話したわよね」 「そうだっけ?」 「そうよ。確かにこう言ったの覚えてるもの。『身体つきは細すぎず、太すぎず。身長は五フィート六インチ(約一七〇センチ)くらい、均整のとれているのが理想。できたら、自分より年上』って。あのおチビさん、どれひとつ当てはまらないじゃない」 「それを言うなら、君もだぞ」  パペット人形みたいに長い手足を持つ細身で年下の大尉に、クリアウォーターは言ってやった。すでに気づいていることだが。一夜の相手は別として――実際に付き合った相手は、たいてい「好み」の範疇から、外れている男ばかりだった。カール・ニースケンス中佐も、ウィンズロウも、ほかの男も――それぞれに異なる魅力があった。  そして今、クリアウォーターは黒髪の日系二世、射撃の名手で歴戦の兵士でありながら、何かあるとすぐ顔を赤くするはにかみ屋の青年、ジョージ・アキラ・カトウにぞっこん惚れ込んでいる。だれが、なんと言おうとも。  クリアウォーターはワインを飲み干して立ち上がった。 「それじゃあ、片づけをしたらそろそろお(いとま)させてもらうよ。いいかげん、フェルミ伍長が待ちくたびれている頃だろうからね」

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