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第11章②

 そして今、黒木は航空関係の将官たちがそろった、この場にいる。  会議はまず十一月以降現在に至るまで、B29によって帝都にもたらされた被害の概況確認からはじまった。その後、この国の最高指導者――天皇の口から発せられたという、空襲に対する「お言葉」が伝えられる。それからやっと、各部隊の迎撃による戦果の報告が行われた。 「――十一月下旬、それに一昨日の戦闘において、特筆すべきはやはり特別攻撃隊による撃墜かと思われます」  少し離れた席で、一人の男が手元のメモを見ながら話すのを、黒木は憮然とした顔で聞いた。飛行師団参謀部の少佐で、確か瀬川とかいう名だったはずだ。  瀬川少佐はさらに特攻機による体当たり攻撃が、B29に対抗する有効なであることを説いた。淡々とした口調は、彼個人の考えを述べているというより、参謀部のーーひいては現在、陸軍内において大勢を占める意見を代弁しているに過ぎない、という印象を黒木に与えた。  瀬川が発言し終えると、テーブルのあちこちで低いさざめきが上がった。 ――やはり特攻しかないか……ーー。  聞こえてきた声に、黒木はいらだつ気持ちを抑えようと両手を握りしめる。だが、忍耐力がそう長く続かないことは彼自身も分かっていた。  その時、上座に座っていた一人の中将が、おもむろに口を開いた。 「――飛行師団参謀部の見解は理解した。では今度は、実際に戦った人間の意見も聞こうではないか。そのために呼んだのだから」  発せられた声は決して大きくなかったが、ざわめきを鎮めるのには十分な効果があった。  発言者が誰であるか、さすがの黒木も知っていた。  陸軍航空の重鎮でありながら、時の権力者である東條英機と対立したことで閑職に追いやられ、事実上引退したとみなされていた人物。マリアナ沖海戦の大敗によって、東條が退陣した後、再び中央に返り咲きを果たした高島(たかしま)実巳(さねみ)中将だった。 「どうだ、黒木栄也大尉?」  高島に指名された黒木は驚きこそしなかったが、意外には思った。中将と言えば半ば雲の上の存在だ。現場の一飛行隊長の姓名を正確に覚えていることは、黒木の経験からいってかなりまれなことだ。  黒木は高島を見やる。すでに還暦に近い恬淡(てんたん)とした顔から、その内心を読み取ることは難しい。ただ、少なくともこちらの話に耳を傾ける気があるのは確かなようだ。  黒木は発言の許可を得て立ち上がった。そして、開口一番に言い放った。 「現場指揮官の立場から申し上げれば――特別攻撃は(がい)多くして()少なく、早急に中止すべきだと思います」  言い切った途端、室内にどよめきが走った。その声の大きさは、先ほどの瀬川の時の比ではなかった。  対面に座る戦隊長は最初、呆気にとられ、それから語気鋭く「黒木……!!」と言って、部下の発言をさえぎろうとした。だが、黒木は平然と無視した。また戦隊長以外から向けられた複数のとげとげしい視線にも、気づかぬふりをした。 「第一に、体当たりによる戦法が有効だという前提が、そもそも疑わしい。一昨日、帝都に飛来したB29の内、不確実を含め二十機の撃墜と五機の撃破が報告されています。それらについて先ほど瀬川少佐から話があったばかりですが……数えてみれば、特攻機による撃墜・撃破は全体の五分の一にも満たない数です。残りは陸・海軍の戦闘機による通常攻撃、それに高射砲によるものです。この数値をもって果たして特別攻撃が本当に有効と言いうるか…今、一度、考え直すべきです」  黒木はさらに昨日、「はなどり隊」がB29を撃墜した時の状況をかいつまんで説明した。「第二に――」と黒木は続ける。 「特別攻撃はその性質上、搭乗員の戦死を前提としています。B29に対して体当たりを敢行した後、運よく自機から脱出し、落下傘降下で生還した例はありますが、大半が機体とともに散華したことは、周知のとおりです。搭乗員は生きてさえいれば、出撃して敵機に立ち向かうことができます。だが、死ねばそれまでです。技量のある搭乗員の絶対数が不足している現在、敵を追い払う刀を次々と折るような戦法は、下策と言わざるを得ません」  何より、と黒木は居並ぶ将官たちを見わたす。鋭い眼差しは、上位者に対する礼儀を欠きかねない、ぎりぎりのものだった。 「…わが戦隊において、特別攻撃の志願者を募った時の様子を正直に申し上げます。一度目は、志願者が全く出なかった。二度目に行った時も結果は同じです。その後、戦隊長の厳しい叱責を受け、三度目でようやく全員志願となったのです。いや――志願せざるを得なかった」  戦隊長は今や、青ざめて震えていた。隠しておきたかった醜聞を、衆目の下にさらされた怒りと屈辱のせいだ。  黒木は言った。 「ここから明らかなことはーー第一線で戦う搭乗員の大半は、本心では体当たりによる特別攻撃を望んでいないということです。これは我が戦隊だけでなく、ほかの部隊においても同様と考えられます。望まぬどころか、特攻隊員に選出されることを恐れていて、それが士気の低下を招きかねない。こんな状況が続けば、いずれ彼らは敵である米軍より、逃げ道のない特攻を命じる自軍の司令官の方に、強い憎しみを抱くようになるのは目に見えています。その先にあるのは――離反と、そして自滅の道です。それを回避するためにも、特別攻撃はただちに中止すべきです」

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