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第11章④

 黒木が退席させられたあと、進行役によって会議は「一時中断」を宣言された。  その間に、小脇は別室で手当てを受けることになった。部屋を出る時、大本営報道部の少佐は姿をくらました黒木のかわりに、残っていた戦隊長をにらんだ。怒りをたぎらせた目は、「ただでは済まさぬ」と無言の内に語っている。その場に残らざるを得ない戦隊長こそ、いい面の皮だった。正直、針のむしろである。長テーブルのあちこちで、黒木に対する非難が上がっていた。 ――なんだ、あの生意気な若造は…―― ――大尉ふぜいが。少しばかり戦果を上げただけで、天狗になりおって…―― ――上の教育がなっておらん。教育が…――  表立って言われこそしないが、非難のいくらかは黒木を連れて来た戦隊長に向けられていた。  その後、再開された会議は、いかにも精彩を欠くものだった。  再び、航空師団参謀部の瀬川少佐によって報告が行われた。しかし、その内容はといえば、師団は特別攻撃隊の規模を現状維持する、場合によっては拡充する方針であること、そして特攻機の機種を各飛行隊において通常攻撃に用いるものに戻すというものだった。  黒木の先刻の発言は――というより、黒木がこの場に存在したこと自体、まるでなかったかのような扱いだった。  ただひとり――高島中将だけが、会議の終了まぎわにこのようなことを口にした。 「――各飛行隊の戦隊長および航空師団長に尋ねるが。特別攻撃隊の編成に当たって、その選出は本当に志願によって行われたものか?」  質問を投げかけられた者たちの顔に、一瞬、なんともいえぬ表情が走るのを、高島は見逃さなかった。  黒木大尉の指摘は正しかったと、高島は確信した。「志願」と言いながら、その実態はーー本人の意志のいかんと関係のない、強制的な人身御供であると。  しかし、航空師団長たちの高島に対する答えはこうだった。 「すべて、本人たちの意志によるものです」  それを聞いた高島は沈黙した後、ひと言、「分かった」とだけつぶやいた。  張りを失った初老の男の横顔には、積み重なった疲れが垣間見えた。  ……会議終了後、黒木の上官である戦隊長は航空師団の参謀長に呼び止められ、ひとつ下の階にある小部屋で待つように命じられた。理由は明かされなかった。だが先刻、黒木によって引き起こされた騒ぎにからんでのことであるのは、聞かずとも分かっていた。  待たされていた十五分の間、戦隊長はいかにも落ち着かなかった。  黒木の上官として責任を問われるだろうか。そうなった場合、どんな処罰が下るか。叱責程度で済めば、まだ(おん)の字で、異動や更迭もありえる。もっとも、今回の一件で一番、責を負うべきが、あのすぐに怒りにかられて毒を吐き、暴力に訴える部下であることは言うまでもなかったが。  いまだ腹の虫がおさまらない戦隊長は、黒木をかばう気になれなかった。  いっそ、どこかの地方の飛行場に転属になってしまえばいい。そうすれば、ようやく縁が切れる。そうなった(あかつき)には即日、祝杯を上げようと、戦隊長がひそかに決意した時、師団の参謀長が彼を呼びに来た。  先刻、会議が行われていた部屋に戻ると、そこには数人の将官が残っているだけだった。  彼らの中に、黒木が投げつけた文鎮で鼻をしたたかに打たれた小脇少佐も混じっていた。  戦隊長の姿を認めた小脇は、包帯を巻いた顔をひきつらせて、嫌な感じの笑みを浮かべた。小脇に対して、同情を表し悔やみの一つでも言うべきだった。しかし、相手の表情を見た戦隊長はつい、その気がそがれた。  そして、小脇の隣には――B29が最初に帝都に来襲した折、調布飛行場を訪れた大本営参謀部の河内作治大佐がいた。  黒木への「処分」を戦隊長に伝えたのは、河内大佐だった。神経質なほどにきれいに整えられた口ひげをふるわせ、河内が語る内容に、戦隊長の顔はみるみる強張っていく。  聞き終えた戦隊長は、慄然と理解した。 ――これは見せしめだ。  今の陸軍の方針に異を唱える者に、どういう仕打ちが待っているか。  それを知らしめるのに、十分すぎるほどだった。

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