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第11章⑨
「新しく来た笠倉というやつ。戦歴は長いし、撃墜数もあげている。即戦力として使えそうだ」
自分の「飛燕」のかたわらで、黒木は整備班長の千葉に向かって話しかけた。
航空機を空襲から守る掩体壕のそばに黒木はいた。千葉、そして何人かの整備員は今まさに、飛燕の改修作業の最中にあり、忙しそうに動きまわっている。
黒木に背を向けて作業する千葉は、聞いているのかいないのか、返事をしない。先ほどからずっとこの調子だ。黒木が何か言っても、ろくに反応がなく、あっても、「そうですか」のひと言だけだ。
黒木が特別攻撃隊に入れられたこと、そして彼の乗機を特攻機として改修するよう命じられたことは、千葉にとって相当こたえたらしい。日頃の飄々とした態度と愛想のよさは、一時的にかげをひそめていた。
黒木は調布に来て以来、ずっと乗ってきた機体を見上げた。飛燕本来の性能を極限まで引き出すために、空気抵抗が生じる塗装は両翼の日の丸と尾翼の隊長機を示すマークのみにとどめてきた。刀の刃を思わせる、銀色に輝くジュラルミンの地色を黒木は好んだ。
「――お前はこいつ を手荒く扱うたびに、俺にさんざん文句を垂れてきたが。上の連中にとっては、使い捨ての駒に過ぎなかったわけだ」
つい昨日、特別攻撃に使用する機体を、原隊で使用していたものにもどすよう、通達があったばかりだ。それによって、「はなどり隊」から特攻隊に選ばれた工藤と、そして黒木は、旧式の「隼 」ではなく、自分たちが乗っていた「飛燕」で、最後の飛行にのぞむことを許された。そして今――千葉たちの手によって、黒木の機体は特攻仕様に改造されつつあった。
元々、軽量化は済んでいる。あとは武装を、本当に最低限のものに換装するくらいだ。
「まあ、せめてこいつで最後に飛べるだけ、よかったと思うべきか」
黒木がそうつぶやいた直後、ガシャンという音が上がった。
音のした方へ目を向けると、千葉が黒木の方をにらんでいた。手にしていた工具が、掩体壕のコンクリートのそばに投げだされている。仕事道具をそんな風に扱うことは、日ごろの千葉では考えられないことだった。
「ーー自分は、まったくそんな風に思えません」
千葉の両目は、うるんで赤くなっていた。
「俺は整備員です。飛び立っていく航空機が無事にもどってくるよう手を尽くす。その仕事に誇りを持っていた。それなのに……飛燕をこんな風に、片道切符の兵器になんてしたくない! それも、よりにもよって、あなたが乗る機体に……」
終わりのあたりは、涙声になっていた。
取り乱す整備班長の姿に、それを初めて目の当たりにする整備兵たちは、どうしていいか分からないようだった。
そんな中、黒木は千葉が放った工具を拾い上げ、彼の鼻先につきつけた。
「――命令通りにやれ。言われた仕事をするんだ、千葉登志男軍曹」
千葉が、絶望的な目つきを向ける。黒木がまったく動じていないと理解し、ようやく諦めたように工具を受け取った。
千葉はふと思い出して、黒木にたずねた。
「金本さんには伝えたんですか。特攻のこと…」
黒木が顔をしかめる。答えるまで、少し間があった。
「言っていないし、言うつもりもない」
「……少々、不人情すぎやしませんか?」
「昨日、今村たちに伝えた時でさえ、やつらはひどく動揺した。けが人に、余計な負担をかける必要はない」
「自分だけ伝えられていなかったと知ったら。あとでひどくお怒りになりますよ。それ以上に、悲しまれると思います」
「別にかまわん」
黒木は千葉に背を向けた。
「どのみち、やつが知るころには、十中八九、俺はいないだろうからな」
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