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第11章⑰
「――…なんて。柄にもなく格好つけたはいいが……っと!」
自分に割り当てられた『飛燕』の操縦席で、笠倉はぼやいた。機外では何百という機銃の弾が飛び交っていた。編隊で飛ぶB29の銃座から、ひっきりなしに十二.七ミリ弾が飛んでくる。弾数が多すぎて、うかうか近寄る気にもなれない。
――まあ、予想の範囲内だが。
笠倉もこの最新鋭の爆撃機については方々で耳にしていた。
だが、実物を見るのはこれが初めてで、無論戦うのも初めてだった。笠倉は今までもB17やB24といった米軍の爆撃機と交戦したことがある。どれも難敵で、複数の機で集中攻撃を加えない限り、まず落とすことはできなかった。
ましてB29は、日本の戦闘機の性能が著しく減退する高高度を維持している。普通のやり方では、まともに攻撃することすら難しかった。
それでも、『はなどり隊』の搭乗員たちはまだ善戦している方だと、笠倉は感じた。今村も含め、ほとんどは総飛行時間が二、三百時間ほどだと聞いている。ひと昔前なら、戦地に赴任しても戦場に出ることすら認められない、ひよっこたちである。
しかし、戦争が長引き、中堅以上の搭乗員の絶対数が不足する今、本来なら戦場にでることすらはばかられる未熟者が、次々と出撃せざるを得ないのが現状だ。
笠倉は明野で助教をしていたが――教えて送り出した搭乗員が、ひと月と経たない内に交戦や事故で死んでいることは、ざらにあった。
そんな中、『はなどり隊』の搭乗員たちの練度はかなり高い水準に達していた。飛行時間の短さ――言い換えれば、飛行経験が必ずしも十分でないことを考えれば、これは望外のことだ。
――あの『羅刹女 』さん。部下たちをかなりしごいたな。
黒木と対面し、その美貌を目にした後、笠倉は南方にいた時に耳にしたひとつの噂話を思い出した。
ーーニューギニアのウェワク飛行場に、ひどく美しいがおそろしく性格がきつくて、夜叉のような戦い方をする「クロキ」という搭乗員がいる。彼は裏で「羅刹女」とあだ名されていると――
「クロキ」が黒木栄也大尉であるのはまず間違いない。
『はなどり隊』の戦いぶりを見て、笠倉は思った。
個人としての資質はともかく。未熟者の集団をここまで鍛え上げた点からして、黒木は飛行隊の指揮官としてはかなり優秀なようだ。みすみす特攻で死なすのは、どうにも惜しい気がする……。
「…まあどのみち、俺には関係ないが。――ん?」
笠倉はその時、最後尾を飛ぶB29の背後から、接近を試みる一機の『飛燕』に気づいた。
その飛び方に、笠倉は顔をしかめた。考えるよりも先に無線のスイッチに手が伸びた。
「おーい。こちら、『はなどり』の笠倉だ。えーと…」
問題の機体の搭乗員が誰か分からない。やむなく、機体番号で呼びかけた。
「今すぐ、接近をやめろ。というか、真っすぐに飛ぶんじゃない」
問題の『飛燕』は、B29の進行方向とほぼ同高度で水平に飛んでいる。あれでは撃ち落としてくれと言っているようなものだ。まだ距離が離れているから弾は当たっていないが、それも時間の問題だ。
笠倉の呼びかけに返事はなかった。再度、同じことを言ったが、動きに変化がない。
笠倉のあと、別の搭乗員が無線を使った。
「東 ! 聞こえていないのか? 聞こえているなら笠倉曹長どのの指示に従え」
しかし、むだだった。
――東伍長は今村少尉の小隊に入っていたはずだが…。
単機でいるところを見ると、どうもはぐれてしまったらしい。
そうこうするうちにも、B29と東の乗る飛燕との距離が徐々に縮まっていく。
笠倉は酸素マスクの下で「はぁ……」とため息をついた。
「――メンドウくせえな、もう」
笠倉は無線で小隊に入っている林原と竹内に指示した。
「俺が敵さんの気を引く。その間に、東のところに行って一緒に後方に離脱しろ」
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