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第11章⑲
――特攻隊四名の内、三名が体当たりを敢行し、それによって三機のB29が撃墜された――
今村の口から告げられた「戦果」を、金本は呆然と聞いた。
金本は「はなどり隊」のピストにいた。すでに戦闘を終えた搭乗員たちが戻ってきている。その中に黒木の姿がないことを、金本はいまだ受け入れられずにいた。
地上からの観測と、通常攻撃に加わった搭乗員たちの目撃証言に加え、各特攻隊員から入った最後の無線連絡によって、突入の状況はあらかた次のように判明した。
調布飛行場を飛び立った黒木たちは、八王子上空一万メートルを目指して上昇した。そこで帝都に侵入してくるB29の編隊を待ち伏せしたのである。
敵第一陣の侵入には間に合わなかった。だが第二陣の編隊が高度九〇〇〇メートルで西からやって来た時、四機の「飛燕」はすでに目標高度に到達していた。
最初に突撃を行ったのは黒木だった。
編隊の先頭を飛ぶ一番機に突っ込み、B29の胴体部分に大穴を開けた。損傷したB29は空中分解を起こしながら、まもなく多摩丘陵へ落下した。
二番手は工藤で、こちらはB29が二五〇キロ爆弾を落とすために高度を下げた瞬間を狙った。編隊の最後尾の機がえじきとなり、炎上して墜落している。
最期の体当たりは奥多摩上空で行われた。はなどり隊の笠倉が目撃したのは、これであった。また、笠倉の報告からB29の搭乗員が生存している可能性があると分かり、すでに憲兵と地元民による山中での捜索が開始されていた。
…日が落ちて、調布飛行場が夜のとばりに包まれる頃、新しい情報がもたらされた。
「八王子西部と青梅で『飛燕』の残骸が見つかったと、先ほど戦隊本部に連絡がきた。現場の確認とそれに…遺体の収容に行く必要がある」
それから今村が中心となって、あわただしく役割分担が決められた。
八王子には今村と東、金本が、そして青梅の方には笠倉と林原、竹内が向かうことになり、残りの隊員はピストで待機となった。
金本が墜落現場に行くことに今村は最初いい顔をしなかった。けが人に来られても役に立たないと思ったからで、これは当然といえば当然である。だが結局、金本の強い希望に押し切られる形で同行を認めた。
一方、青梅行きには笠倉がすすんで志願した。今村はありがたく彼に一任したが、笠倉の行動に裏があるとは、もちろん思ってもみない。
――早いとこ、黒木大尉が死んだのを確認して、河内の大叔父貴に電報を打とう。
笠倉は早急に、河内にやらされている仕事を終わらせたかった。特に今日一日は柄にもないことを立て続けにしたので、余計にその気分が強かった。
調布に来て早々、小隊を率いて戦った。B29相手に危険をおかして味方を救った。そして地上に戻ってから、東 智 伍長の頭を一発殴って、改めて「撃ち落とされる飛び方をするな」と説教を垂れた。どれも神経を消耗したが、その実、いちばん面倒くささを感じたのは最後の一事だったかもしれない。
殴られたあと、東は反抗的な目で笠倉を見返してきた。
「ふてくされたな」と思った笠倉は、気づかぬふりをして言った。
「大体、一機で攻撃を仕掛けたところで、どうにかなる相手じゃない。味方とはぐれたら、まず合流することを考えろ……」
その笠倉の説教を、東が不意にさえぎった。
「――体当たりしようと思ったんです」
笠倉は口を閉ざす。東を見かえすと、目が奇妙に据わっている。笠倉よりいくつも若い青年は、姿勢を正すと傲然とさえ言える口調で言った。
「ご教示いただき、ありがとうございます。次はもっとうまく近づいて、ぶつかってみせます」
呆気にとられる笠倉に、あとで他の隊員たちが近づいてきて教えてくれた。
「東のやつ、このところずっとあの調子なんですよ。体当たりしてB29を墜とすんだって、口ぐせみたいに言っている」
「笠倉曹長どのが来る前、あいつと少飛で同期だった米田ってやつが戦死したんです。二人はよく一緒にいましたから。東は仇を討ちたいと思っているようで……その気持ちは分からないでもないですよ。なんといっても、米田はこの隊の一員だったんですから」
だとしても、わざわざ自殺するようなやり方を選ばんでもいいだろう――そう口にしかけて、笠倉は寸前で思いとどまった。
まさに今、軍の上層部の意向によって組織的に行われているのが、その「自らの命と引き換えに」、敵に一矢報いんとする体当たり戦法ではないか。
もし次に特別攻撃隊の「志願」が募られたら、東がそこに入るのは目に見えていた。
笠倉は首を振った。いい気分には程遠かった。
――若いやつらは血気と勢いで、向こう見ずなことをする。それを止めるのが、年寄りの役目だろうに。
この国では今、その年寄り連中が、まだ世間に擦 れていない若者をいいように言いくるめて死地へと追い込んでいる。
どこか狂っていると、思わざるを得なかった。
かといって、笠倉にどうこうできる問題でもなかった。もとより、そうする気力もない。彼にできることと言えば、なるべく安閑と過ごせる場所へ早く戻れるよう、面倒な仕事をとっとと済ませることだけだった。
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