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第11章⑳
八王子と青梅の墜落現場まで、それぞれトラックで向かうことになった。
トラックに乗り込む時、今村は金本に助手席をすすめた。だが金本は断って、東とともに荷台に乗った。誰かと話をしたい気分ではなかった。荷台のすみにいれば、走行中は騒音で会話せずに済む。
八王子への道中、寒風に吹きさらされたが、飛行服のままだったこともあり、ほとんど気にならなかった。これから自分が目にするであろうものについて、金本はなるべく考えないようにした。左足は鈍痛が続いていたが、それすら気にならない。痛みさえがまんすれば歩けると分かったので、松葉杖も置いてきた。かわりに、トラックで走っている間、金本は何度も吐き気を覚えた。そのつど、曲げた膝に顔をうずめて、吐くのをこらえなければならなかった。
八王子西部にある農村。その一帯に広がる麦畑が墜落現場だった。
墜ちてきた飛燕が大地に接した瞬間、火山が噴火したようなすさまじい震動と爆音が村中に響きわたったという。機体は何十メートルにもわたって飛び散り、一部はガソリンが引火して激しく燃え上がった。しかしながら、胴体部分は畑の土中に深く食い込んだせいで、かろうじて炎による損傷を免れていた。
金本たちが到着した時、村の消防団によってすでに火は消し止められていた。そしてバケツを置いた彼らは、ツルハシや農具を手にし、土に埋まった飛燕の胴体――とりわけ操縦席部分を掘り起こす作業の最中だった。
遠巻きにしている二、三人の憲兵に身分を明かした後、金本たちもその作業に加わった。
借りたスコップを手に、土をのけていくと、徐々にひしゃげてつぶれた機体があらわになった。真冬だが、身体を動かしていると汗がふき出してくる。そうやって、一時間ほどが経った頃、ようやく操縦していた人間を土の中から掘り出すことができた。
ここに来るまでに、金本が描いていた未来図は半分あたり、半分はずれた。
思った通り、数千メートルの高度から恐ろしい速度で地面にたたきつけられたことで、遺体は飛燕同様ひどい状態になっていた。
押しつぶされ、砕けて、壊れたさまは、何年も土に埋められ、土砂の重みで原形を失った人形のように見えた。生きていた時の面影を、そこに見出すことはひどく困難だ。
それでも、はっきり分かる。落下傘の縛帯の名札を見るまでもない。
搭乗員は黒木ではなかった。
「工藤……」
そこにあったのは、工藤克吉少尉の亡骸だった。
最後まで、機体を立てなおすことをあきらめなかったのだろうか。ずたずたになった右手は息絶えてなお、折れ曲がった操縦桿を握りしめていた。
全身の骨が砕け、関節が意味をなさなくなった工藤の身体を、金本たちは苦労して地上に連れ出し、敷いておいたむしろの上に横たえた。
周囲では村人たちが何人も手を合わせている。「軍神じゃ…」というつぶやきが、あちこちから聞こえてきた。
その時、鼻をすする音を金本は聞いた。顔を横に向ける。懐中電灯のぼんやりした灯りでも、今村が泣いているのが見て取れた。
「痛かっただろうな……すまん……」
今村は泣きながら、戦友の亡骸に向かって手を合わせた。
その横で、金本も無言で首を垂れる。
それから顔を上げ、今村に言った。
「早く、連れて帰ってあげましょう」
「ああ…」
「準備をしてきます」
金本は東を連れてトラックへ戻った。
工藤の遺体を包むための麻布を出していた時、東が不意に言った。
「――まだ、ましですね。工藤少尉」
金本は顔をしかめた。一体なにを言っているのかと、腹を立てかける。
東は淡々と続けた。
「米田の時は死体を探すこと自体、たいへんでしたから。機体と一緒に飛び散った上に、燃えて黒焦げになってたんで」
「……よけいなことを言わなくていい」
金本が告げたのはそれだけだった。東はおとなしく口をつぐんだ。
今村や東と協力して、金本は工藤の亡骸をつつんだ。
飛行服をつかんで持ち上げた時である。破れたポケットから何かが落ちて、むしろの上に転がった。気づいた金本はそれを拾い上げて、首をかしげた。
暗い上に、表面に血が飛んでいて読みづらくなっていたが、それでも将棋の「王将」の駒だと分かった。工藤は元々、空き時間によく将棋をさしていた。だが、どうしてこれをわざわざ持っていたか、見当もつかない。ただ何らかの意味はあると思った金本は、駒をなくさないよう、自分のポケットにいれた。
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