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第11章㉑
帰路につく前、調布の戦隊本部に連絡を入れるため、トラックは村役場に寄った。
今村が戻って来るまでの間、金本と東は荷台で待っていた。二人の間には無言の帰還をする工藤が横たわっている。今村を待つ間、金本はぼんやりと白布で包まれた亡骸を眺めた。
予想に反し、八王子に墜落したのは工藤だった。
ならば消去法で、青梅に墜落した方が黒木ということになる。
ここで見つかった亡骸が工藤と判明した時、金本は安堵に近い感情をおぼえた。それはすぐに、工藤に対する申し訳なさに変わったが。少なくとも、ここでは黒木と対面せずに済む――それと分かって、気持ちが落ち着いたのは事実だ。
理性では、理解している。単に確証を得るのが先延ばしになっただけで、結局、調布にもどった後、報せを受け取ることになっただけだ、と。
それでも、本心ではいまだ奇跡が起こるのを、あきらめきれていなかった。
万にひとつであっても――黒木が生きている可能性に金本はすがりたかった。
黒木はこれまで何度も、死と隣り合わせの危地をくぐりぬけてきた。金本が最初に会った日もそうだった。飛燕の片方の主脚が出ず、危険な片足着陸を敢行し、生還してきた。
地上に降り立った時の黒木の姿は、いまだ金本の目に焼きついている。
大きな瞳を血走らせ、美しい顔面の半ばを赤く染め、怒りに燃えていた……。
らちもない考えが、金本の頭をよぎる。
黒木があの日と同じ姿で待ってくれていれば、どんなにいいだろう。
仁王立ちして、やって来た「はなどり隊」の面々をひっぱたいて言うのだ。
「迎えに来るのが遅い!」と――。
金本の想像は、トラックに近づいてくる足音で途切れた。今村が戻って来たのだ。
暗闇に今村の輪郭を認めた途端、金本は嫌な予感に襲われた。
工藤の亡骸を前にして、今村は肩を落として泣いていた。それが今は逆に、不自然なくらいにしゃんとしている。必死に平静さを保とうとしていることが、ひしひしと伝わってきた。
今村は金本と東に向かって、ゆっくりと告げた。
「――青梅に行った笠倉曹長から、戦隊本部に報告があった」
その続きを金本は聞きたくなかった。耳をふさぎたい。だが、身体はこおりついたように動かなかった。
「墜落現場付近の山林で、黒木大尉どのの遺体が見つかった」
その言葉は弔鐘となって、金本の世界を完膚なきまでに打ち砕いた。
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