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第12章⑧
うまいコーヒーを飲み、昼食をすませたクリアウォーターとカトウは、約束の時間に巣鴨プリズンへ戻ってきた。担当官の大尉はきちんと仕事をしたようだ。今度こそ予定していた囚人と面会できることになった。
「ーーそれでは、MPがご案内しますので」
大尉は慇懃な口調で、やっかい者の少佐とその通訳を送り出した。
プリズンの司令塔とも言うべきグリーン地区から、主監房のあるレッド地区へ入るために、クリアウォーターたちは鉄の扉をくぐった。面会予定の囚人は六つある主監房のひとつで、すでに待機しているとのことだった。
監房のエリアはちょうど昼食時のようだ。囚人たちに食事が配膳される音やにおいが、離れた場所にいるクリアウォーターたちのところまで漂ってくる。
MPに先導され、六つの監房に通じる入口付近まで来た時である。
クリアウォーターとカトウの耳に、何やら言い争う声が聞こえてきた。
「――…いえ、あの女がそう喚いているだけで。これが本当に毒キノコかどうかは……」
赤毛の少佐と黒髪の軍曹は、思わず顔を見合わせた。
毒キノコ? ――えらく物騒な単語だ。
二人はそろって、声のした方に目を向けた。そこにいたのは、アルミの椀を持った伍長と、その上官らしい軍曹だった。軍曹が部下の言うことに、はなから聞く耳を持っていないのは明らかだった。肩をいからせて、カトウよりも若く見える伍長を叱り飛ばした。
「バカめ! 『あの女とは口をきくな』と言われたのを、もう忘れたか。『ガラガラヘビ』の言うことだ。こちらの動揺をさそって慌てふためくのを面白がっているだけに決まっている」
ガラガラヘビ ――その単語を耳にした瞬間、クリアウォーターの横顔に緊張が走るのをカトウは認めた。
「少佐…?」
「少し、待っていてくれ」
クリアウォーターはそう言うと、驚くMPとカトウをその場に残して、伍長たちの方へ速足で向かった。
「ちょっと、失礼」
クリアウォーターは半ば強引に二人の間に割って入る。そして、アルミの椀の味噌汁の中に躊躇なく指を突っ込んだ。
年かさの軍曹は、突然の乱入者の行動に目を怒らせた。だが、口を開く寸前で相手の階級に気づき、慌てて怒声を飲み込む。一方、伍長はと言えば、こちらは口を丸く開け、ただただ呆気に取られている。
クリアウォーターは二人の反応を無視した。味噌汁を引っかきまわして、浮いてきた白いキノコを指でつまむ。
キノコは半分に切られ、調理されていたが、それでも十分に原形をとどめていた。カサの下に特徴的なツバ。そして柄にはギザギザしたささくれが、はっきりと認められた。
追いかけてきたカトウは、クリアウォーターがこうつぶやくのが聞こえた。
「……『破壊の天使 』」
クリアウォーターは軍曹に厳しい目を向けた。
「ただちに囚人たちに食事を中止させるんだ! このキノコを誰かが食べたら、大変なことになる」
「いや、そんなことをいきなり言われても。まずは、監房エリアの責任者に報告して、指示をあおぐのがないと――」
軍曹の台詞をクリアウォーターは最後まで聞いていない。緑の目で周囲を素早く見わたす。
壁の一角にクリアウォーターは探していたものを見つけた。
それは電鈴――警報装置のボタンだった。
壁へ近づく赤毛の少佐に、察したカトウが「あっ…」と声をもらした。
クリアウォーターの指がボタンを押した。
たちまち、けたたましいベルの音がそこら中に響きわたった。
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