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第12章⑮
手りゅう弾を投げつけた加害者は壁の真下にうずくまり、爆風とふりそそぐガラス片をやり過ごした。顔を上げ、監視兵の排除に成功したことを確認すると、カナモトは「ははっ……」とひきつった笑い声をあげた。
うまくいくか、さすがに確信はなかった。が、なんとかやりとげたのだ。
その笑いも長くは続かない。銃声と爆発音を聞きつけた兵士たちが、こちらへ向かってくるのが見えた。その中に、先ほど見かけた朱髪の男が混じっていたような気がしたが、詳しく確かめる余裕はない。
カナモトは跳ね上がるように立ち上がった。
刑場を取り囲む壁は二重になっている。内壁はプリズンの壁と同じコンクリートでできていて、高さも五メートルある。
だが、その外側を囲む赤レンガの壁は、高さが半分の二.五メートルしかなかった。
赤レンガの外壁は元々、刑場をなるべく囚人たちの目に触れさせないように、設けられたものだった。それが構造上の欠点を抱えていることに、今まで気づいた者はいない。
そのかわり、今日、最悪の形で明らかとなった。
「いたぞ! あそこだ!!」
追ってきた兵士のひとりが叫ぶのと、カナモトが助走をつけて外壁のてっぺんに両手をかけるのが、ほぼ同時だった。
カナモトの動きはまさに山猿のそれだった。身体を一気に引き上げ、レンガの壁の上に立ったと思ったら、そのまま壁ぎわに植えてある木に飛びついて、それをよじ登りだした。
「まずいぞ…」
牧師が何をするつもりか、その場にいたすべての人間が悟った。
「木からコンクリート壁に飛びうつるつもりだ!」
「止めるぞ。撃て、撃てーー!!」
号令とともに、何丁ものガーランド銃と拳銃が火をふいた。だが、距離が離れている上に、動き回る標的を射抜ける技量の持ち主が、残念ながら兵士たちの中にいない。
銃弾は牧師の周りに着弾したが、命中したものは一発もなかった。
その間に、カナモトは幹から枝をつたって移動する。そしてついに、五メートルの高さがあるコンクリート壁の上に降り立った。
その時まで、カトウは兵士たちの一団の後ろで、成り行きを見守っていた。臆病から来る行動ではない。クリアウォーターを引きとめ、彼のそばでその身を守るのが最重要の務めだからだ。また部外者の身で、うかつに発砲するわけにもいかなかった。
しかし、この状況はさすがに見かねかねた。クリアウォーターをふり仰ぐ。赤毛の少佐は即座にうなずいた。
「責任は私がとる」
カトウは腰の拳銃を引き抜いてかまえた。だが、引き金を引くには、わずかに時機を逸した。
カトウやクリアウォーターの予測を上回る速さで牧師は駆け抜け、とうとうプリズンの敷地を囲む壁の方へ足を踏み入れた。
そのまま第二見張塔の無傷の鉄骨に取りついて、向こう側へと姿を消した。
そこは兵舎や将校クラブが立ち並ぶ区域――ブラウン地区だった。
鉄骨をつたって下へ降りたカナモトは、ゲートに兵士がまだ集まっていないことを認めると、そちらを目指して走った。
最後の関門は、ただ一人の門番兵だった。ガーランド銃をかまえた門番は、今朝なごやかに挨拶を交わした牧師に向かって叫んだ。
「止まれ! 止まるんだ――…!」
門番は警告などせず、引き金を引くべきだった。カナモトがそうしたように。
拳銃から放たれた二発の弾丸の一発が、門番の眉間を貫いて、彼の命を奪っていった。
地面に倒れる兵士に、カナモトは一瞥をくれただけで走り去る。詰所を抜け、ゲートの外へ出ると、そこに一台のトラックが足止めされていた。爆発を目の当たりにし、車外へ降りていた運転手は、門番を射殺した男がこちらへ向かってくるのに気づくと、一目散に反対方向へ逃げて行った。
運転席側のドアを開けると、キーがささったままだった。カナモトは迷わず乗り込んだ。
そして車の向きを変えると、アクセルを全開にしてその場から逃走した。
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