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第13章① 一九四四年十二月
「病院の前まで行かなくていいです。手前の分岐路の入口で降ろしてください」
停車したトラックの荷台に座ったまま、金本は言った。懐中電灯を東 に持たせ、調布飛行場までの帰路を地図で確認していた今村は、すぐに賛成はしなかった。
「間違いなく送り届けるようにと、言われたのだが」
金本が無断で入院先を抜け出してきたことを今村は先刻、知ったばかりだった。村役場から戦隊に電話した時である。戦隊長は黒木の遺体が見つかったことを告げたあと、金本の所在を今村にたずねた。
「病院から先ほど電話があった。空襲警報が鳴った時に、てっきり防空壕のひとつに避難したものと向こうは思っていたらしい」
ところが、警報が解除されて何時間経っても、患者のひとりが病室に戻って来ない。そこでようやく異変に気づいた病院側が、金本が行方不明になっていることを、戦隊本部に連絡したしだいだった。
今村たちに同行していることが分かると、戦隊長は飛行場に戻る途中で金本を病院へ送っていくよう、「はなどり隊」の副隊長に言づけた。
「分岐路までで、結構です」
金本はかたくなに言った。
「そこからなら、歩いても大した距離ではないですから」
結局、金本の言い分が通った。夜は更けて、すでに日付も変わっている。日中、B29の迎撃に上がり、その後、仲間の遺体の収容に奔走した今村と東は、とうに疲労が限界を越えている。二人とも、本心では工藤の亡骸とともに一刻も早く飛行場に帰りたくてしかたなかった。
別れる時、今村は懐中電灯の一本を金本に貸した。道に街灯は皆無である。明かりがあるとすれば、遅い時間に上った月だけだ。
「……なあ、曹長」
やはり送って行こうかと、今村は言いかける。しかし、金本は礼を言って懐中電灯を受け取ると、さっさと病院へ通じる道の方へ行ってしまった。
飛行服姿の仲間の影は、あっという間に暗闇の中へと消えていった。
見送った今村はため息をひとつ吐くと、トラックを発進させ、反対側の道へと走り出した。
欠けた月がかかった空の下、金本は冷たく乾いた土の上を歩く。
寒さは苦にならないが、負傷した左足が地面に触れるたびに痛みが走った。けれどもその苦痛さえ、どこか他人事のようで実感をともなっていない。
ひとりになった今、金本の心を占めているのはただ一つのことだった。
――黒木が死んだ。死んだ、死んだ――……。
どれくらい進んだだろうか。自分でも気づかぬ内に、金本は歩くのをやめていた。
身体が、寒さと無関係に震えだしていた。両腕はほんの半日前に抱いた黒木の形をーー強靭さの中に、どこか脆さを秘めた肉体を――まだ生々しく覚えている。
それなのに、もういないのだ。
二度と言葉を交わせない場所へ、金本の手が絶対に届かない世界へ、彼は行ってしまった。
足元を照らす懐中電灯が、金本の手のひらからすべり落ち、ガシャンと音を立てて、離れたところへ転がっていった。
「……う……うぅ……」
のどの奥から嗚咽がこみ上げる。それはすぐに、言葉にならない慟哭となって口からあふれ出した。
声を上げて金本は泣いた。獣のような声で、誰の目にも触れぬ深夜の野道にひざをつき、つっぷしてむせび泣いた。
そうして、荒れ狂う感情の底に、ようやく自分の本心を見つけた。
ずっと黒木と深い仲になることを避けていた。だが、その抵抗には何の意味もなかった。
金本はとうに、引き返せない所に立っていたのだ。
どうしようもなく、黒木を愛してしまっていた。
そのことに、すべてが失われてしまった今になって、ようやく気づいた。
そして悲しみのあとに、押しつぶされそうな後悔が襲ってきた。
どうして、自分は受け入れようとしなかったのか。正面から向き合わずに、背を向けてしまったのか。優しくしてやれる機会は何度もあった。なのに、いつだって冷たくそっけない態度ばかりで、ひどく傷つけたことさえあった。
どうして黒木の想いに応えて、愛してやれなかったのか――。
「……すまない。本当に……俺が愚かだった」
泣いて、叫んで、ついに涙も気力も尽き果てた末、金本は地面につっぷしたまま、うつうつとまどろみだした。
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