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第13章②
もとより深く眠れるはずもない。何かの物音がきっかけで、金本は目を覚ました。
少し離れた所に転がる懐中電灯はまだ明かりが灯ったままだ。眠りに逃げこんでから、そんなに時間は経っていない証拠だ。
その時、背後でザッと砂のこすれる音がした。金本は思わず振り返り、闇の奥へ目をこらした。もとより真夜中である。誰かが歩いているはずもない。
――こんなところで、とどまっていても仕方がない。
金本は真っ赤になった目をしばたかせ、鉛のように重い身体をふらふらと引きずり起こした。きっと、タヌキか何かだろうと、ぼんやり考えながら、懐中電灯を拾う。
そのまま、痛む左足をひきずって何歩か進んだ時、再び後ろで音がした。
金本は懐中電灯を向けた。暗闇を生白い光が照らす寸前、何かが目の端をかすめた。
距離は十メートルも離れていない。タヌキやキツネの類にしては、その影は明らかに大きすぎた。「イノシシか」と思った金本は、とっさに懐中電灯のスイッチを切った。
そのまま、できるだけ刺激しないよう、じっと息を殺してその場に踏みとどまった。
どこかでフクロウがホウと鳴く声がした。月明りの下に、通ってきた野道が小さな運河のように青白く伸びている。一分ほど経った頃か。金本よりも先に、向こうの方がしびれを切らした。
ガサガサと音を立てて、道の脇に生えた木のそばから、それは姿を現した。
「………なっっ ?」
思わず金本はつぶやいた。
仮に虎が飛び出してきても、ここまで衝撃は受けなかっただろう。
月下に、妖怪としか思えないものが立っていた。
一応、人の姿をしているのだが、妙に斜めにかしいでいる。顔に当たる部分は大半が包帯で隠れていて、白い布の所々に散った血のシミが、一層、怪物めいた印象を見る者に与える。
しかし、金本が驚いた理由は、もっと別のところにあった。
包帯のすき間から黒い目をギョロつかせ、その怪物はケラケラと調子はずれな声で笑いだした。かと思ったら、金本の方へ両手を突きだし、変な姿勢のまま近づいてきた。
金本は逃げなかった。逆に足の痛みも忘れて、怪物の方へ駆けていく。
そして相手がびっくりするのにもかまわず、全力で抱きついた。
金本と包帯男は、もろとも地面にひっくり返った。「あたっ」と下敷きになった方が声を上げる。金本は起き上がるのももどかしく、倒れた相手の顔から包帯をむしり取った。
下から隠されていた美しい素顔が、二度と目にすることはないと思っていた顔が現れた。
「――なんだよ。おどかしがいのないやつだな。ちっとは、怖がれよ」
黒木があきれた口調で言った。
金本はほとんど耳に入らなかった。黒木の身体をきつく抱いて、しゃくりあげた。
「生きてた。生きていたのか……」
金本の様子に、さすがに感じるものがあったのだろう。金本の広い背中に手を回し、幼子をあやすようにポンポンとたたいた。
「生きてるよ――黒木栄也大尉、ただいま生還だ」
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