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第13章③
黒木は最初から、B29の胴体前部に「飛燕」の片翼をぶつけようと考えていた。
黒木がもっとも得意とする攻撃方法は、直上から急降下して、すれ違いざまに機銃を撃ちこむやり方だ。一二.七ミリ弾のかわりに飛燕の翼で大穴を開けられれば、いかに頑強なB29といえども確実に沈む。ただ、飛燕の性能は高高度でひどく制限される。成功させる絶対の自信はなく、文字通りの「ぶっつけ本番」だった。
そして、思い描いた通りの体当たりを、黒木はやり遂げた。
それ自体が凶器と化した戦闘機の翼が、B29の脇腹を切り裂いた瞬間、すさまじい衝撃が操縦席の人間を襲った。
そのあと何十秒かの間、黒木の記憶はない。再び目が見え、音が聞こえるようになった時、片方の翼を失った飛燕が重力に引っ張られ、地上めがけて猛スピードで落ちていく最中だった……。
「――その時は、『俺も運がないな』と思った。ずっと気絶したままだったら、余計な痛みを感じずに死ねただろうに、と」
毛布を膝にかけ、火鉢のそばに座りながら、黒木は金本に淡々と語る。
二人は黒木の下宿先だった農家の離れにいた。調布飛行場まで歩けぬこともなかったが、黒木がこちらに来たがったので、そうした。後日、飛行場にまっすぐ帰投しなかったことで責められるかもしれない。しかし今さら気にしても仕方ないと、金本は開き直ることにした。
黒木の私物は、そっくりそのまま残っていた。離れを貸した家の主人はよほど真面目な人間のようで、配給の炭すら土間に手つかずのまま置いてあった。おかげでその炭を使って火鉢で暖を取ることも、鉄瓶で白湯をわかすこともできた。
火鉢の対面に座る金本に向かって、セーター姿の黒木はニヤッと笑う。すでに飛行服を脱いで、くつろいだ格好だった。
「そのあとで、すぐに気づいた。まだ生き残る道が残っているって。そう思った時にはもう、手が勝手に操縦桿を引き起こしにかかっていた。最初は固まったセメントに突っ込んだみたいに、びくともしなかったが――火事場の馬鹿力というやつだろうな。ついに俺の力が勝って、操縦桿が動いた」
片方の翼を失った機体は、完全に持ち直すには至らなかった。それでも、落下の速度は遅くなった。黒木が高度計を見ると、すでにその時点で地上まで二千メートルを切っている。眼下には、多摩丘陵の山林が広がっていた。
黒木は急いで風防ガラスを開けて、操縦席のベルトを外した。酸素マスクを顔からむしり取る。それからずっと相棒だった飛行機に、別れの言葉を投げかけた。
「世話になった。千葉に伝えておくよ。お前は最後まで、立派に務めを果たしたって……千葉 の手元に戻してやれなくて、本当にごめんな」
言い終えると、落下傘だけを頼みの綱にして、黒木は機外へ飛び出した。
ばっと白い菊のように落下傘が開いた。頭上では飛燕がバリバリと音を立てて去っていく。西の方へ向かって飛んで行ったようだが、黒木にその行く末を見届ける余裕はなかった。
どこを見わたしても森林ばかりだ。枝や幹にぶつかったら、それだけで大けがを負いかねない。あるいは高い場所に引っかかったら、降りるに降りられなくなる。
その時、山の峰と峰の狭間に、小さな集落があるのが目に入った。
住民たちが指さす中、黒木は麦の芽が出たばかりの畑に降り立った。地面にかかとがつくと同時に、そのまま、大の字にひっくり返る。
仰向けに倒れたまま、しばらく呆然と空を見上げていた。だが、やがて腹の底から笑いがこみ上げてきた。
手袋のはまったままの手を、黒木は頭の上にかざした。
「ははっ……信じられねえ。生きてら」
そうやって自分の身に起こった奇跡をかみしめた。
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