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第13章⑤
火鉢の中で炭の一片が緋色に染まり、ゆっくり燃えて灰になる。
その崩れていく姿を眺め、黒木はつぶやく。
「知っていたか? 工藤のやつ、元々は小学校の教師になるつもりだったんだ」
「…前に、工藤本人から師範学校に通っていた話は聞きました」
「いい先生になっただろうに、こんなところで死なせちまった」
黒木の横顔に、苦悩の色が浮かぶ。
ひとたび話し出すと、そのままとめどなく溜めこんできた思いがあふれてきた。
「変えられると思っていた。戦法次第でB29を墜とせることを実証できれば、体当たりをやめさせられると信じていた――とんだ思い違いだったよ。うるさく言ったら上ににらまれて、俺自身が特別攻撃隊に入れられた」
金本は、はっとなる。どうして黒木が体当たりをさせられることになったのか、ずっと疑問に思っていた。だが、ようやく合点がいった。上の方針に逆らったから――消されそうになったのだ。
黒木は自嘲気に言った。
「結局、俺は何一つ変えられなかった。工藤のやつを今日、死ぬ運命から救い出すことができなかった。きっと、これからも同じことが続く。それなのに俺は何もできないんだ――」
「やめろ!」
金本はさえぎった。黒木を見て、語気を和らげる。
「…もう、やめてください。自分を責めないでください。少なくとも今は……今晩だけは考えなくていい。工藤が死んだことも、ほかのことも。たとえ、後ろめたさを感じても、今だけはただ、生き残ったことを喜んでいればいいんだ」
金本は黒木の目をまっすぐ見つめて言った。
「俺はほかの誰より、何より、あなたが生きて戻って来てくれたことに感謝している」
黒木の頬に赤みが差したのは、火鉢や白湯のせいばかりではなかった。
黒木は困惑したように顔をそむける。それから、少しためらったあとで金本の方にもたれかかった。ちょうど頭が金本の肩のあたりに当たる。
金本が拒絶しないと分かって、ようやく黒木は安心したように身体をあずけた。
「――言ってなかったことがあった」
「何です?」
「本当は、選べと言われたんだ。上の連中に逆らった代償に、俺か、お前か、どちらかを特攻に出せと――」
「……なんだって?」
聞いた金本は愕然となった。
「どうして、黙っていたんだ! いや、それより――」
「自分を差し出したかって? お前を出せるわけないだろう」
黒木の声がかすれる。
「…できねえよ。そんなこと、俺にはできない……――」
黒木は肩をふるわせ、顔をゆがめた。
「――だから、俺なりに死ぬ覚悟を決めていたんだ。体当たりした瞬間も、そのあと墜落していく途中で目が覚めた時も、本当に死ぬつもりだった。だけど――墜ちていく間に、お前の顔がちらついて頭から離れなくなった。そうしたら、どうしてか、死ぬ覚悟なんてどこかに消し飛んじまった。助かりたい一心で、とにかく操縦桿を引き起こしにかかっていた」
金本は呆然となる。
自分の存在が、黒木に死につながる特攻を決断させたなんて、知りもしなかった。
そして逆に自分のことが、黒木を生還させるきっかけになったとは、思いもしなかった。
黒木はそこで、再会してからはじめて悪童めいた笑みを浮かべた。
「そういうわけで、地上に戻った後、真っ先にお前に会いに行こうと思った。あわよくば、おどかしてやろうとな。そしたら途中の道の真ん中で、お前がカラスに蹴られた案山子みたいに倒れているのに出くわしたわけだ……そういや、なんでまた、あんなところで寝てたんだ?」
「…泣いていたんです」
金本は黒木の身体に両腕を回した。これには黒木の方が驚いた。金本はかまわず、しっかり抱きしめ、相手の耳元に口をよせた。
「死んでしまったと思って、二度と会えないと思って、泣いていた」
「…本当かよ」
「本当です」
「その時の泣き顔を見られなくて、残念だ」
黒木は冗談めかして言ったが、すぐに笑いをひっこめた。
身体を寄せ合ったまま、黒木も金本も動かない。二人とも不用意な言動で、いい方へ向かっている流れを台無しにするのが恐かった。今まで散々、互いを傷つけ合ってきて、もう十分すぎるくらいだった。
勇気をふるって先に一歩踏み出したのは、黒木だった。
「…俺はもう二回、自分の方からお前にしただろう」
何を、とは言わない。言わずとも、さすがに金本は察した。
「その気があるなら。一度くらい、お前の方から――」
してくれ、と言い終えるより先に、黒木は金本の口で口を塞がれていた。
洗練さなど、まったく感じられない。
金本の口づけは不器用で、いっそ乱暴なくらいだった。
そのかわり、これ以上ないくらいにひたむきで、一途で、熱かった。
唾液と呼吸が混じり合う音だけが、しばらく続く。それが一瞬とぎれた時、黒木がささやいた。
「お前が好きだ、蘭洙」
金本はすでに一度、その言葉を聞いていた。けれども何度聞いても、決してあきることはないと思った。
「俺も……」
言いかけて、あとの言葉が出てこない。本人を前に言うのが、どうにも気恥ずかしい。だが、黒木は曖昧なまま事を進めたくなかった。
「ちゃんと言ってくれ。あと、こういうことしている時に敬語はやめろよ。『大尉どの』なんて呼んだら殴るからな」
言われて、金本はついに観念した。
「――俺も、お前が好きだ。栄也」
そして照れくささを隠すように、また自分の方から黒木に口づけた。
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