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第13章⑨

「貴様には失望したぞ」  『はなどり隊』の笠倉曹長を前に、河内は言い放った。  笠倉はいかにも申し訳ない態をよそおって、「面目ありません」と謝る以外になかった。元々、この大叔父のことは好きではないが、今回ばかりは笠倉の側に非があって、怒られても仕方がない面があった。  黒木大尉が死んだ――調布飛行場にそう報告した笠倉は、さらに河内に電報を打って知らせた。自分の思惑通りに事が運んだことで、河内が喜んだのは言うまでもない。  数時間後、それがとんぬか喜びだったと判明したのには、次のような事情があった。  笠倉たちが青梅に到着したのは、夜もふけようという時間だった。現場で見つかった『飛燕」は大破して、ほとんど原形をとどめていなかった。しかし、尾翼は運よく燃えずに残っていて、その塗装と機体番号から、間違いなく黒木が乗っていた機体であることが確認できた。  飛燕は上空にあった時点で、すでに煙を上げていたという。付近の住民の中には、炎を噴いていたと証言した者さえあった。そして、問題の飛燕が墜落する寸前、同じ空に燃えながら落ちてくる人の姿が目撃されていた。  耐火性のある絹の落下傘はかろうじて開いていたものの、人の方は炎に包まれてぴくりとも動かず、そのまま山中の木に引っかかってしばらく燃えていた。笠倉たちが到着した時、炎はすでに消えていた。だが、引っかかった場所が地上から離れすぎていて、遺体は日が昇るのを待って憲兵と住民たちの手で降ろすこととなった。  前後する状況から、落下傘で落ちて来た焼死体は黒木以外には考えらなかった。  笠倉もそう思って、朝を迎える前に戦隊本部へ黒木の亡骸が見つかったと、報告してしまったのである。まさかそれが、風に流されて来たB29の搭乗員だとは思いもよらない。  翌朝、明らかに日本軍のものではない軍装や、帽子の下から現れた亜麻色の髪、指にはめられたいくつもの指輪を見て、ようやく笠倉は自分がとんでもないとんだ間違いを犯したことに気づいたのだった。  ……調布に戻ったあと、笠倉は散々な目に遭った。戦隊長にはどやされ、生還した黒木からは嫌味を言われ、とどめがこの大叔父からの呼び出しである。失態は認めるが、このころになると、いいかげん責められるのにもうんざりしてきた。 「――申し訳ないですが、そろそろ飛行場へ戻ってもよろしいでしょうか」  河内の粘着質な叱責をさえぎって、笠倉は言った。 「実はすでに、黒木大尉に疑われているんですよ。飛行場を出る時もどこへ行くんだと、えらくしつこく聞かれましたし…」  真っ赤なうそだ。だが、河内は目を細め、用心深く聞き返した。 「どれくらい疑われている?」 「さて…」笠倉ははぐらかす。 「どのみち、ここはあきらめて、さっさと引き上げるのが一番、賢明だと思いますよ」 「それはならん」  河内は冷たく告げた。 「黒木の死を見届けるのが、貴様の役目だと言ったはずだ」 「そうおっしゃられても、黒木大尉は生還しちゃったんですが…」 「幸運は二度、続くものではない。違うか?」 「……まさか。もう一度、特攻に出す気ですか」 「何かおかしいか。黒木は生きて戻って来たが、やつはまだ特別攻撃隊の隊員のままだ。ならば、再び出撃するのが筋だろう?」 ――…いくらなんでも、それは酷すぎやしないか。  あまりに酷薄な大叔父のやり口に、笠倉は嫌気がさしてきた。  生還しても、また体当たりをさせられる。終わりがあるとすれば、死以外にない――いくら胆力があっても、そんな状況では敵に立ち向かう気も萎えるというものだ。 「黒木大尉を再出撃させるのは、あんまりいい考えとは思えませんがね」  河内に対する反発心と、生理的嫌悪から、笠倉はつい反論してしまった。 「B29を墜として生還した大尉は、今や飛行場内ではちょっとした英雄扱いですよ。そこにもう一度、特攻隊員として出ろなんて言ったら、『はなどり隊』の連中が黙ってないです。それに黒木大尉の技量なら、もう一度、体当たりして生還してくることだって、ありえそうですよ。そうなったら、どうするんです? 三度目、行かせる気ですか?」 「…口を慎め、小童(こわっぱ)が!」  神経質なくらいに整えられた口ひげを震わせ、河内は言い放った。罵言を浴びた笠倉は「しまった」と悔やんだ。余計なことを言い過ぎた。 「言ったはずだ。幸運は二度、続くものではないと」  河内は冷たく笑う。笠倉は夏祭りで売られている、おもちゃの猿面を思いだした。  人に似ているが、人が持ち合わせてしかるべき大事なものが欠落している顔だ。 「戦いの最中、味方の弾によって被弾するのは、どこの世界でもままあることだ。当たり所が悪くて死ぬような、も過去に起こっている。だが、それが表立って問題になることはまずない。そうだろう?」 「…おっしゃることの意味が、分かりかねますが」 「頭が悪いのか。それとも理解していて(そら)とぼけているのか。まあ、どちらでもいいが、ひとつだけはっきり言っておく」  河内は笠倉に指をつきつける。 「今度、また黒木が生きて戻ってくるようなことがあれば、その時は貴様を必ず特別攻撃隊に入れてやる。そうなりたくなければ、どうすべきかよく考えて行動するんだな」  そうやって恫喝の言葉を吐くだけ吐いて、河内は一方的に会見を打ち切り、笠倉を部屋から追い出した。

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