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第13章⑫

「黒木大尉をもう一度、特別攻撃隊員として体当たりさせろですと?」  大本営からやって来た二人の客人に向かって、戦隊長は思わず聞き返した。 「黒木だけではない」  大本営報道部の小脇順右少佐は、衆目の前で彼の面子をつぶした男の名を、恥ずべきもののように吐き捨てる。 「金本勇曹長も新たに特別攻撃隊に加えてもらいたい」  そう言ったのは大本営参謀部の河内作治大佐だった。戦隊長は驚きと不審を込めて、両者を見やる。そして、 「それは無理な話です」  きっぱりと言った。 「すでに黒木栄也大尉を『はなどり隊』の隊長に戻すよう、師団本部へ上申し、許可を待っているところです。今さら、取り消すことはできません」 「…ほう」  聞いていた河内は目をすがめた。 「では逆に聞くが、どうして黒木を勝手に特別攻撃隊から外すようなことをしたのだ?」  戦隊長は不快感が顔に出ないよう、苦労してとりつくろった。  勝手に?――特別攻撃隊員の選定は、各戦隊の戦隊長に裁量があり、事実上、一任されている。本来、第三者の指示を仰ぐようなものではない。たとえ大本営の佐官であっても、あれこれ指図する方がおかしいのだ。  戦隊長は小脇の方に目を向ける。階級が同じ少佐であるこちらの方が、まだ意見を言いやすかった。 「…黒木大尉はすでに一度、体当たりを実行してB29を撃墜した。小脇少佐。先日、貴官に働いた非礼と、さらに上層部の方針に対する不服従の罪はすでに十分、(あがな)ったのではないか」  小脇から返答はない。仕方なく、戦隊長は河内に向き直った。 「この際、はっきり申し上げておきます。まことにふがいない話ですが、我が戦隊の搭乗員は、技量経験ともに未熟で浅薄な者が少なくない。そんな中で、黒木は戦闘機乗りとしても、飛行中隊の統率者としても飛びぬけている。いかに粗暴で、傲岸不遜で、礼儀作法を母親の腹の中に忘れて来たような、人格的には欠点しかない男であっても――黒木がこの戦隊にとって必要な人材である点は揺るぎません。それは、戦歴が長い金本勇曹長にしても同じです。帝都に襲来するB29に対し、戦闘を継続していくために、この両名は『はなどり隊』に残ってもらわねば――」 「まさに、戦争を続けるために、二人には死んでもらう必要があるのだ」  戦隊長の言をさえぎり、河内は言い放った。  相手が呆気にとられたところで、小脇が素早く口をはさんだ。 「特別攻撃隊に選ばれた搭乗員の中には、死を恐れて体当たりを中々、実行しない者が少なくないと聞いている。事実、今回もおめおめ飛行場に戻り、生き恥をさらしている者がいるそうではないか」  戦隊長は苦虫をかみつぶした顔になる。 「B29に対する体当たりは、それ自体実行するのが非常に難しい。体当たりの機会を得られずに飛行場へ戻ってくる者を責めるわけには……」 「そいつは詭弁だな」 「なに?」 「先にB29が襲来した時、。そうしたらどうだ? 四機のうち三機までが体当たりを果たしたではないか。今まで単に命を惜しみ、おじけずいていたに過ぎない、何よりの証拠ではないか」  小脇の弁は暴論というべきだった。しかし、それに抗するための反論を、戦隊長はとっさに組み立てられない。黙りこむ戦隊長を前に、小脇はいよいよ勢いに乗って言い放った。 「一体、何度言ったら頑迷な考えを捨て去ることができるのだろうな。言っているだろう。決死の覚悟による体当たり攻撃こそ、米兵を畏怖させ、退散させる唯一無二の戦法だ! 戦闘機でB29を、そして戦艦、空母を葬り去る。今、この苦境を乗り切り、最終的な勝利をつかむために、特別攻撃は必ずや続けなければならない!!」

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