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第13章⑰
金本は先ほどから驚きっぱなしだった。幼いころ、両親が交媾しているのを偶然、見てしまったことはある。しかし暗いし、眠かったし、肝心なところはよく分からなかった。それがどんな行いか、今ようやく知ることとなった。
黒木はためらいもなく行為を進めていく。日頃、高圧的な男が閨 でこんなにもはしたない姿をさらすとは誰も想像できないだろう。中腰で金本のものをくわえこみ、上下に動かしながら喘ぐさまは、ぞくぞくするほど淫らで扇情的だ。ただ時折、唇をかんで何かに耐える様子が金本は気になった。
「…大丈夫か。苦しいんじゃないか」
「…あ。大丈夫……」
黒木は最初は平気なふりをしていた。だが、しばらくすると徐々に動作が緩慢になってくる。それが止まる寸前、ついに黒木は腰を浮かせた状態で金本に懇願した。
「……やっぱり、つらい。お前、上になってくれ」
つながったまま、金本は言われた通りに位置を変えた。
「腰、動かせるか? ……そうそう。ゆっくりでいい」
黒木は金本の背中に手を回し、両足を腰にからませる。金本がキスをすると、目を閉じて「ん…」と甘い声をもらした。
金本はおそるおそる抽挿をはじめた。黒木は浅い位置で突かれるのがいいようだ。先ほどより明らかに楽そうで、呼気に嬌声がまじってきた。
しかし今度は、金本の方がだんだん物足りなくなってきた。もっともっと、黒木の内側を感じたい。その欲求に屈した金本は、黒木の太ももをつかみ両足を開かせた。
「ちょっ……待て……ヒァ…!!」
一気に根元まで挿れられて、黒木は弓なりに身体をのけぞらせた。その反応に金本は驚いて引き抜く。
「すまん。痛かったか?」
「痛くはねえよ」
黒木はうるんだ瞳で金本を見つめる。
「ただ…お前のは、でかいから。奥の奥まで当たって、気持ちがよすぎて変になりそうなんだ」
金本の頭を抱きよせると、黒木はその耳元でささやいた。
「…自分が変になるから、あんまり好きじゃないんだ。でも…正直に答えろよ。お前、そうしたいんだろ」
「…したい」
金本は答えた。黒木はかすれた声で笑った。
「正直者にはご褒美だ――好きなだけ突けよ」
黒木はそう言って、諦念したようにだらりと布団に横たわった。
なまめかしい曲線を描く肩も、やわらかい腹も、引き締まった腰も、しなやかに伸びた足も、すべてが無防備にさらされる。まるで幻想的な絵画を見ているようだ。
今さらながら、金本は自分がこんなに美しい男と結ばれたことが信じがたかった。奇跡だ。
「ありがとう、栄也」
「こういう時は、礼を言うんじゃねえよ」
黒木はつぶやく。
「『愛してる』って、言うんだ……」
黒木が言い終えるより前に、金本はその両足を開かせて腰を浮かせる。
そして一気に貫いた。
黒木の口から小さな叫びが上がった。金本が欲するまま突き上げると、黒木のあえぐ声はすぐに高いすすり泣きのようになった。つかまれた足のつま先がぎゅっとそりくり返り、手の爪が布団にくいこむ。揺さぶられる合間、黒木は何度も「蘭洙、蘭洙…」と金本の名前をくり返し呼んだ。そのたびに、後孔はいよいよすぼまり、がっちりと金本の性器をくわえこむ。
金本が急激にのぼりつめようとした時、震える黒木の肩が金本の目に入った。
あらがいがたい衝動にかられ、金本はそれに噛みついた。黒木が悲鳴を上げる。それを聞いて金本はついに達した。経験したことのない快感が背筋を駆け上がり、そのまま頭の中で白く爆発する。その直後、生暖かいものが金本の腹にかかった。黒木も絶頂を迎えたのだ。精液を浴び、においをかいだ金本はよけいに興奮し、より一層危険な誘惑にかられた。
金本の両手が黒木の首へ伸びる。しかし、力を入れる寸前、相手の苦痛の声で我に返った。
金本は慌てて、肩に突き立てていた歯を離した。しかし、すでに黒木の肩にはくっきりと噛み跡が残っていた。
「あっ……すまん」
金本は謝った。自分が黒木を噛んだことが、それだけでなく彼の首を絞めかけたことが、信じられなかった。
黒木は浅く早い息を繰り返し、涙のにじんだ目を金本に向けた。
金本は黒木からの報復を予想し、半ば期待さえした。だが、黒木がやったことは罪悪感を漂わせる金本の顔を両手ではさみ、優しく抱き寄せてキスすることだった。
それまでの激しい行為から一転して、穏やかな口づけが続く。身体が冷えて、肌寒さをおぼえる頃になって、ようやく二人は身体を離した。
「本当にすまん。肩のところ…」
金本はもう一度、謝った。
「別にどうってことない」
「…自分でもどうかしていた」
「噛んで、俺の首を絞めようとしたことか?」
指摘されて、金本は恥じ入ってうなだれる。
「珍しいことじゃない」
黒木は軽く言った。
「興奮して、そういうことをするやつはいる。大体お前、前にも俺の首を絞めたことがあったろう」
言ってから黒木は後悔した。金本がいよいよ、暗い顔になったからだ。
しんきくさいことこの上ない。いつもの調子がもどってきた黒木は、金本の頬を強めにつねってやった。痛そうに顔をしかめる相手に、けらけらと笑う。
「ほれ。これでおあいこだ」
金本の顔から手を離し、その身体を抱き寄せる。
黒木は激しすぎる情交が好きではない。痛めつけられるのは、もっと嫌いだ。
けれども、金本がやることなら、多少のことは受け入れるつもりだった。
「B公 だって、俺を殺せやしなかったんだ。お前ごときに少々、痛めつけられたところで、どうってことない……で、もうこのまま寝るか? それとも――」
黒木は金本の腰に手をのばした。つい先ほどまで、猛々しく黒木の身体を貫いたものを手でいじる。
金本は気まずそうに目をそらしたが、身体が正直だ。すぐに硬くなってきた。
「もう一度、したそうだな」
「…そっちは大丈夫か?」
「平気だ。ほら、できるか試してみろよ」
金本は言われた通りにした。
ほどなく、黒木の笑い声は熱っぽい吐息を経て、悩ましげな喘ぎ声に変わっていった。
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