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第13章㉑

「…とにかく。大叔父の指示には絶対、従うべきではありません」  笠倉は改めて強調した。 「どんなに気に入らないからと言って、味方を故殺するなんて後味が悪すぎる。それに、もし殺しに加担したら、俺も戦隊長どのも大叔父たちの共犯者となる。そうなれば今後ずっと、大叔父たちに逆らえなくなります」 「…確かに」  戦隊長はうなずく。だが、すぐに気弱な表情になった。 「……しかし。仮に黒木を特攻隊から外したとしても。河内大佐たちはすぐにまた、圧力をかけてくるだろう」 「のらりくらりとかわして、時間稼ぎをされてはいかがです」 「それが通用すればいいが…」  戦隊長の態度はどうにも煮え切らない。笠倉はやきもきした。 ――これでは、あの大叔父にいつまでも抵抗できそうにないな。  それどころか、しびれを切らした河内が上に働きかけて、戦隊長を今の職から追い払い、もっと自分の言うことを聞く人間にすげかえることだって、ありえる。  笠倉を転属させたより手間はかかるだろうが、やってやれないことはないだろう。むしろ河内ならやりかねない。そうなれば、いよいよ笠倉は追いつめられ、選択の余地がなくなる。  いっそ大叔父に天罰が下らないものかと、笠倉は不埒なことを願った。  階段を踏み外して首の骨を折るとか、さっき乗っていった車が事故に遭って炎上するとか――。  愚にもつかない想像にふける笠倉は、そこで不意にひらめいた。 「…そうだ。要は、大叔父たちを処罰できる人間を、味方につければいいんじゃないですか」 「というと?」 「大叔父たちがやろうとしていることは、(はた)から見れば悪辣非道以外のなにものでもない。お偉いさん方が全員、そのやり口に賛同するとは思えない。だからいっそ、師団長どのあたりに事のしだいを打ち明けて、大叔父たちの振る舞いを止めてもらえるよう、働きかけるのはどうでしょう?」 「ふむ……いや、それは逆に危険だ」 「どうして?」 「師団長どのは、先に防空総司令部で開かれた会議の場で、黒木がやらかしたことに激怒していた。おそらく味方になってはくれまい」 「ではほかに、どなたか相談できそうな方は?」  笠倉は必死だ。黒木を撃たずに済むかは、今この時の行動いかんにかかっている。 「大叔父か小脇少佐に反感を持っている、あるいは黒木大尉に味方してくれそうな方は、いませんか?」 「ううむ……思いつかんな。逆なら、いくらでもいそうなんだが」  言った戦隊長も、聞いた笠倉も、頭を抱えたくなった。二人とも、期せず同じ感想を抱く。  ――黒木も、もう少し上と協調する姿勢を見せてくれればよいものを。  しかし戦隊長も笠倉も、黒木栄也大尉が自分の考えを()げて、他人にへつらう姿は想像できなかった。  笠倉が苦しげまぎれに言った。 「黒木大尉が嫌われているなら、金本曹長の方は? いませんかね、誰か味方してくれる人間は……」  可能性はまずないと、言っている最中から笠倉は思った。一介の下士官に過ぎない金本のことなど、名前すら知られていないだろう。  だが、その言葉を聞いた瞬間、戦隊長の頭にある人物のことが浮かんだ。 「……心当たりがひとりだけいる」 「本当ですか!?」 「だが、会うこと自体、まず無理だ。何の伝手(つて)もない。そもそも、心当たりがあるとは言ったが、あてになるものでもないし…」 「だめで元々でしょう!」  笠倉は気弱な戦隊長をはげました。 「失敗したところで、こちらに失うものはありません。やって損がないなら、やりましょう」  そこでついに、戦隊長も重い腰を上げる決意をした。

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