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第13章㉕
特攻は身を守るための刀を次々と折るようなものだと、黒木は言っていた。その言はまったくの正論である。
しかし、帝国陸海軍にはもはや、そのような戦い方しか残されていないのだ。
少なからぬ将官が特攻に希望や活路を見出そうとしている。けれども、それも単なる悪あがきに過ぎない。戦局を挽回するには、到底及ばない。
ただ敗北の日を、ほんの少し遅らせるだけだ。
…中央に呼び戻され、教導航空軍司令官を拝命して以来、高島は一日として安眠できた日はなかった。当たり前だ。これから一体、どれほどの将兵が自分の命令によって死んでいくのかさえ分からない。その中には、高島が校長をつとめた少年飛行学校の卒業生たちも当然、含まれる。やがて戦死者の名簿の中に、笠倉孝や金本勇らの名を見る日も来るだろう――――。
それでも――どんなにひどい戦いであっても、誰かが指揮をとらねばならなかった。
連合軍との間に講和が成立するその日まで、あるいは日本という国が崩壊するその日まで、戦争を継続させる――それが、教導航空軍司令官を拝命した高島実巳の立場であった。
――この戦争が終わった時、きっと私は狂人か、あるいは最悪の愚将と言われるだろう。
高島はそう考えている。それがまっとうな評価だ。
これから自分が行おうとしていることを思えば、そんな評価でも足らないくらいだった。
…高島はわずかに瞑目し、河内に告げた。
「特別攻撃は継続する。だが、そのための人員の選定には、絶対の公平さが必要だ。間違っても、非公式の処罰や私怨を晴らす手段に用いられることがあってはならない。少なくとも私の指揮下において断じて認めない。そのことは重々、理解しておくように」
「…肝に銘じておきます」
口ひげを震わせ、河内はうなだれた。
その態度を悔恨の表れとみなした高島は、ようやく河内との非公式の会見を終えることにした。
「…貴官は大本営参謀部に席を置いていた人間だ。その力を今度は私のもとで発揮してほしい。期待している」
河内も愚かではあるまい。ここまできつく釘をさされれば、さすがに手を引くはずだと、高島は考えた。
だが、それは決定的な誤りであった。
高島は教育者として、様々な人間を見てきた。その彼をしても、河内作治という男の内部に巣食う歪んだ心のメカニズムを、見抜くことはできなかったのである。
「――…このままでは済まさん」
高島の執務室から退き、ひとりになった河内は吐き捨てた。
教導航空軍司令官の叱責は、この大佐にいささかの反省も改悛も促さなかった。
高島の行いを、自分に対する許し難い攻撃と河内は受け取り、自分がいただく新たな司令官に対して深い怨みを抱いた。
そして同時に、このような辱めを受ける原因を作った人間たちを断じて許すまいと誓った。
自分を裏切った笠倉孝。調布の戦隊長。
何より黒木栄也と金本勇に、必ず報復の鉄槌を下すことを河内は決意した。
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