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第14章②
第八軍憲兵司令官キャドウェル大佐は、クリアウォーターとは旧知の仲である。
二人とも似たような職務――治安維持のための諸活動――に従事していて、その範囲がたまにかぶることもある。それもあって、協同して職務に当たったことも一再ではなく、連合軍による日本占領統治が始まって以来、持ちつ持たれつの関係を保っていた。接点は今のところ仕事上にとどまっているが、仲は悪くはない。その理由のひとつに、キャドウェルとクリアウォーターが似たような感性の持ち主ということがあった。
もっとも、二十代の大半をイギリスとヨーロッパ大陸で過ごし、どこか貴族的な優雅さを漂わせるクリアウォーターとは対照的に、キャドウェルはカリフォルニアあたりの海岸をビール片手に歩く姿がいかにも似つかわしい。おおらかで、陽性のユーモアをまき散らして闊歩する姿は、見る者によっては粗野な田舎者と映る場合もある。しかし、もちろんそれだけの人間に憲兵司令官の大役がつとまるはずもない。キャドウェルは有能で行動力があり、それ以上に人の心を掴む稀有な才に恵まれていた。
キャドウェルの人間性を示すこんなエピソードがある。
連合軍が占領を開始したその年、GHQはポツダム宣言に基づいて、日本人に保有する武器をすべて提出するように求めた。軍が所有する銃器類だけでなく、民間人が所有していた日本刀も、である。しかし刀の中には数百年にわたって伝来してきた貴重な文化財もあれば、各家庭で代々、守り伝えられてきた家宝もあり、そんなものまで十把ひとからげに取り上げられるのはさすがに忍びないと、日本人たちはすぐにGHQに嘆願してきた。
各地で連合軍兵士やGHQの意向を受けた警察が次々と接収していく中で、この問題に対処した人物こそ、第八軍憲兵司令官のキャドウェル大佐であった。
キャドウェルはことさら、日本文化に造詣が深かったわけではない。だが、必死に嘆願する日本人たちの態度から、日本刀が彼らにとって単なる武器以上の意味を持つことを――あたかも、アメリカ人にとって銃が自由と権利を守護する象徴であるのと同じだ――すみやかに理解した。
キャドウェルは、彼のオフィスにやって来た日本人たちにこう答えた。
「事情は分かった。なら、まずいちばん貴重な刀を、美術品として美術館や博物館に預かってもらえ。そうすればGHQとしてもおいそれ手はつけられないし、俺の権限で必ず保護する」
と同時に、キャドウェルは、日本人が日本刀を合法的に保有できるよう、登録制度を導入し、審査から許可証の発行まですべて日本人の手で行えるよう、尽力した。
もっともその行動に対し、GHQ内部で冷ややかな目を向ける人間も少なくなかった。
クリアウォーターが聞くところでは、直接キャドウェルに、次のような反対意見を言ってきた者もいたという。
「日本人は、何をしでかすか分からん。いっそこの機会に、危険物をすべて取り上げてしまうべきじゃないか。将来の禍根を断つためにも、そうするべきだ」
相手の言い草をキャドウェルは鼻で笑った。
「その理屈でいけば、よく研いだ斧や草刈り鎌も、日本刀と同じくらい危険になるが。そういったものも日本人から取り上げるか? ――ばかばかしい。何でもかんでも奪うなんて、それこそ将来に禍根を残すだけだ。大事なのはつまるところ、銃口や刃先をこちら に向けられないことがないような、まっとうな統治を行うことだ」
そして最終的に、キャドウェルはほぼ構想した通りの登録制度を実現させた。それによって多くの日本刀が破壊をまぬかれただけでなく、キャドウェルは大勢の日本人から感謝と心服を勝ち得たのである。
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