257 / 370

第14章③

 無用の敵を増やさない。これが、キャドウェルの座右の銘だ。  同性愛者であるクリアウォーターに対する態度も――本心でどう思っているかは定かでないが――まずフェアと称せるものだった。  礼拝堂に入って来たキャドウェルは、クリアウォーターのななめ向かいの長いすにどっかりと腰を下ろした。憲兵司令官の大佐は、人の意表をつくのが好きらしい。クリアウォーターの背後にちらりと目を向けると、いきなり、 「お、こいつは奇遇だ。また会ったな、カトウ軍曹」と言ってのけた。  クリアウォーターが目を向けると、カトウがしゃちこばって立ち尽くしている。  赤毛の少佐は気を回して、キャドウェルにたずねた。 「私の部下と知り合いでしたか?」 「ああ、射撃場で何度か会っている。お前さんは知らんかもしれんが、常連の間ではちょっとして有名人だぞ。この前なんか、悪ふざけで射撃レーンにコーラの王冠を放り投げた奴がいたが、そいつの目の前で見事に撃ちぬきやがった。あれには、さすがに度肝を抜かれた」  ガハハハと笑うキャドウェルに反比例するように、カトウは小さい身体をますます縮こませている。目立ったり、注目されることが苦手なのだ。たとえ、キャドウェルが本心から感心して、ほめているつもりであっても。 「…この人が陸軍の大佐だなんて、ちっとも知らなかったんです」  クリアウォーターにだけ通じるように、カトウは日本語でぼそぼそつぶやく。 「いつも私服でしたし。てっきり、GHQに雇用された民間人だとばかり思ってました」 「おやおや…」 「ん? 俺の目の前で堂々と内緒話か?」 「たいしたことではないですよ」  クリアウォーターは言った。 「大佐だとは気づかず、無礼をしたかもしれないと心配しているんです。カトウ軍曹はこの通り、礼儀正しい男ですから」 「ありゃ。そいつは悪いことをしたな」  言いながらも、キャドウェルに悪びれた様子は微塵もなかった。 「気まずい思いをさせたな。ま、安心しろ。話しだいでは、ここからすぐにでも退散するさ。自慢にもならんが、今、俺は最高レベルに忙しい身だからな」  そう言って、キャドウェルは目をすがめる。  それだけで、人の好い中年男から占領軍の憲兵司令官の顔に、瞬時に変貌した。 「クリアウォーター少佐。お前さんが今日、巣鴨プリズンに居合わせたのは単なる偶然か? それなら、すぐに解放してウチに帰してやる。だが、あの神の教えなぞ歯牙にもかけん殺人者を追っていて、ここにたどり着いたというのなら――このあと少々、長引くぞ」 「前者と後者の中間です」  太い眉をはね上げるキャドウェルに、クリアウォーターは説明した。 「居合わせたのは本当に偶然です。ただ、ここで囚人たちを毒殺しようと試みて失敗し、複数の人間を殺害して逃げた人物は、私が追っていた連続殺人犯とみて間違いないです」 「……なんだ、そりゃ。ややこしい話か?」 「そこまでは。ただこの男、カナモトは今日より前に、少なくとも二人の人間を殺しています。その殺人事件について、私やU機関の面々だけでなく日本の警察が捜査を行っています。さらに言うと――この殺人鬼は、まだ殺しを続ける可能性があります」 「…十分すぎるほど、ややこしいわ」  キャドウェルは肩をすくめてうめいた。それから、クリアウォーターたちの手元にある水を見て、軽蔑するように首を振った。 「そんなもんじゃ、動く頭もまともに動かん。二人とも、ついてこい。少なくともコーヒーとドーナッツがある場所で話をしようじゃないか」

ともだちにシェアしよう!