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第14章③
無用の敵を増やさない。これが、キャドウェルの座右の銘だ。
同性愛者であるクリアウォーターに対する態度も――本心でどう思っているかは定かでないが――まずフェアと称せるものだった。
礼拝堂に入って来たキャドウェルは、クリアウォーターのななめ向かいの長いすにどっかりと腰を下ろした。憲兵司令官の大佐は、人の意表をつくのが好きらしい。クリアウォーターの背後にちらりと目を向けると、いきなり、
「お、こいつは奇遇だ。また会ったな、カトウ軍曹」と言ってのけた。
クリアウォーターが目を向けると、カトウがしゃちこばって立ち尽くしている。
赤毛の少佐は気を回して、キャドウェルにたずねた。
「私の部下と知り合いでしたか?」
「ああ、射撃場で何度か会っている。お前さんは知らんかもしれんが、常連の間ではちょっとして有名人だぞ。この前なんか、悪ふざけで射撃レーンにコーラの王冠を放り投げた奴がいたが、そいつの目の前で見事に撃ちぬきやがった。あれには、さすがに度肝を抜かれた」
ガハハハと笑うキャドウェルに反比例するように、カトウは小さい身体をますます縮こませている。目立ったり、注目されることが苦手なのだ。たとえ、キャドウェルが本心から感心して、ほめているつもりであっても。
「…この人が陸軍の大佐だなんて、ちっとも知らなかったんです」
クリアウォーターにだけ通じるように、カトウは日本語でぼそぼそつぶやく。
「いつも私服でしたし。てっきり、GHQに雇用された民間人だとばかり思ってました」
「おやおや…」
「ん? 俺の目の前で堂々と内緒話か?」
「たいしたことではないですよ」
クリアウォーターは言った。
「大佐だとは気づかず、無礼をしたかもしれないと心配しているんです。カトウ軍曹はこの通り、礼儀正しい男ですから」
「ありゃ。そいつは悪いことをしたな」
言いながらも、キャドウェルに悪びれた様子は微塵もなかった。
「気まずい思いをさせたな。ま、安心しろ。話しだいでは、ここからすぐにでも退散するさ。自慢にもならんが、今、俺は最高レベルに忙しい身だからな」
そう言って、キャドウェルは目をすがめる。
それだけで、人の好い中年男から占領軍の憲兵司令官の顔に、瞬時に変貌した。
「クリアウォーター少佐。お前さんが今日、巣鴨プリズンに居合わせたのは単なる偶然か? それなら、すぐに解放してウチに帰してやる。だが、あの神の教えなぞ歯牙にもかけん殺人者を追っていて、ここにたどり着いたというのなら――このあと少々、長引くぞ」
「前者と後者の中間です」
太い眉をはね上げるキャドウェルに、クリアウォーターは説明した。
「居合わせたのは本当に偶然です。ただ、ここで囚人たちを毒殺しようと試みて失敗し、複数の人間を殺害して逃げた人物は、私が追っていた連続殺人犯とみて間違いないです」
「……なんだ、そりゃ。ややこしい話か?」
「そこまでは。ただこの男、カナモトは今日より前に、少なくとも二人の人間を殺しています。その殺人事件について、私やU機関の面々だけでなく日本の警察が捜査を行っています。さらに言うと――この殺人鬼は、まだ殺しを続ける可能性があります」
「…十分すぎるほど、ややこしいわ」
キャドウェルは肩をすくめてうめいた。それから、クリアウォーターたちの手元にある水を見て、軽蔑するように首を振った。
「そんなもんじゃ、動く頭もまともに動かん。二人とも、ついてこい。少なくともコーヒーとドーナッツがある場所で話をしようじゃないか」
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