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第14章⑧

 列車が最寄り駅に到着した後、ソコワスキーたちは当地の対敵諜報部隊(CIC)の要員と合流し、すぐに待機していた車に乗りこんだ。到着した場所は町の警察署である。ここの警察官たちが、今回、田宮たちの逮捕作戦に協力することになっていた。  日本語と英語で挨拶が交わされた後、警察署の署長が通訳をつとめるアカマツ少尉の口を通じて、ソコワスキーに言った。 「田宮の屋敷はすでに私服警官が見張っています。今のところ、不審な動きはありません」  すでに田宮千代から得た屋敷の見取り図が、署長らの手元にわたっている。それを拡大したものを机に広げ、署長は逮捕作戦の概要を説明した。といっても、ごく簡単なものだ。出入口をかためて、屋敷の広間に集まった田宮たちの虚をつき一網打尽にする。四十人ほどの警官が動員される予定だった。  今年の四月、ソコワスキーはU機関のダニエル・クリアウォーター少佐と協同して、日本人のヤクザ組織「若海組」を急襲して、壊滅に追い込んだ。あの時と比べれば、敵の規模は小さいが、それでも油断はできない。なにぶん、エンペラー(天皇)の誘拐をたくらむような輩だ。銃器の所有について田宮千代は否定していたが、田宮が隠し持っている可能性は低くない。  さらに動員される警官たちの配置場所を聞いたソコワスキーは、ひとつの懸念を示した。 「屋敷の裏手が藪になっていて、その先が山だな。ここに警官を置かないのか?」 「いえ。予定していませんが」 「万一、外へ抜け出て山に逃げ込まれたらやっかいだ。二三人でいいから割けないか?」 「はあ……では、この井戸の近くにでも、ひそませておきましょうか」  ソコワスキーは日本語を解さない。それでも署長の口調や態度から、彼が半白髪の少佐の心配をあまり深刻にとらえていないことはそれとなく伝わった。  上官のいらだちを感じとったアカマツが、すかさず日本語で署長に言う。 「ひとりでも取り逃がしたら、大ごとですから。そちらの責任問題にもなりかねないので、しっかり頼みますよ」  愛想よく笑いながら、失敗したら署長の首が飛ぶことを言外ににおわせる。それでようやく、署長もことの重大さに気づいたようだ。再度、ソコワスキーの指示通りにすることを約束した。  その後も、いくつか打ち合わせが続いた。  田宮たちを逮捕する際、ソコワスキーたちも現場に同行すること、アクシデントが生じない限り、作戦の途中で口をはさまないこと、田宮たちを拘束した後、すみやかに対敵諜報部隊(CIC)に引き渡すこと――さらに作戦時に、田宮千代を見つけたら速やかに保護することも、改めて確認し合った。  そうやって、すべての話が終わる頃には、すでに日が傾く時刻になっていた。 「明日の昼にここを出発して、田宮の屋敷へ向かいます。それまでは宿の方で、ゆっくり英気を養ってください」  長旅で疲れていたソコワスキーたちは、ありがたくその言葉に従い、警察署が好意で手配してくれた旅館へ向かった。署からは歩いても五百メートルほどの距離である。  到着してすぐに、ソコワスキーは旅館の黒電話から、東京の対敵諜報部隊本部が置かれたノートンホールへ電話をかけた。警察の打ち合わせが無事に済み、明日、予定通り逮捕作戦を実行することを伝えておくためだ。  ところが、いくら待っても電話が一向につながらなかった。  何度かかけ直してみたが、結果は同じだ。ソコワスキーは首をかしげると同時に、胸騒ぎをおぼえた。これは異常だ。  ちょうどそこへ、夕食の準備が整ったことを知らせにヤコブソンがやって来た。  荷物をほどいて、ひと息ついた様子の部下を見て、ソコワスキーはひらめいた。 「おい。U機関の電話番号は?」 「はい…?」 「いいから、早く言え」  せかされたヤコブソンは、慌てて元の所属先の番号を伝える。  ソコワスキーがかけると、今度はすぐにつながった。

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