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第15章②

トニー(三式戦)の集団?」  聞き返すグラハムに、彼らは説明した。 「迎撃で上がってくるジャップの中でも、とりわけタチの悪い連中です。これと狙いをつけたB29に容赦なく群がって、集中砲火を浴びせるんです。あれはまるで、スズメバチかサメの群れですよ」 「タチが悪いだけじゃなく、ジャップたちの航空部隊の中では群を抜いて統率が取れている。おそらく、指揮官が優秀なやつなんでしょう」 「しかもやつらには、こっちの弱点が主翼と胴体の付け根だって絶対にばれています。そのトニーたちの中に真上から落ちてきて、すれ違いざまにそこばかりを狙って撃ってくるのがいるんです」  パイロットの一人がその戦いの様子をメモ用紙に描いて、グラハムにわたす。  そこにはB29のエンジンの航空機が描かれていた。  一目見て、グラハムは慄然となった。戦闘機のパイロットである少佐は、そのトニーの攻撃方法がいかに紙一重の危険行為であるか、即座に見抜いた。  ほんのわずかでも目測を誤れば、時速四百キロ以上で飛ぶB29に激突し爆発四散する。また、すれ違う時に速力が足りず、B29の強力なエンジンに巻き込まれれば、同じような結果を招くだろう。ずば抜けた動体視力と、戦闘機を自らの手足のように操る技術、それに並外れた度胸がなければ、とてもではないが実行できるしろものではなかった。  絵を描いたパイロットはさらに、こうも言った。 「その真上から突っ込んでくるやつこそ、トニー(三式戦)たちの指揮官じゃないかと言われています。そいつの機体だけ、尾翼に数字ではなくて特別なペイントが施してあるんで」 「どんなものが描かれているか、覚えているか?」  グラハムの質問に、いち早くビールを飲み終えた大尉が答えた。 「俺は一度、遠くから見ただけですが。黄色いミートボール(日の丸)の上に、赤と白で何か描いていました。赤と白の部分は、やつが撃墜した航空機の数を表しているんじゃないかと思うんですが…」  その意見は別のパイロットによって、すぐに否定された。 「いや。俺は運悪くひと月の間に二回、そいつを見かけたが、マークに変化はなかった。俺たちが爆撃に行くたびに、姿を見せて暴れまわっているんだ。撃墜数なら、何かしら数が増えていてもおかしくないはずだ」  どうやら問題のトニーのマークについて、この中では彼がいちばんよく記憶しているようだ。そう思ったグラハムはパイロットに紙をわたしてマークを描かせた。  黄色の円。その右端に、小さな白い円を中心に細長いハート型の模様が均等に五つ赤い色で描かれている、というものだった 「…たしかに黄色の部分はミートボール(日の丸)に見える。でも、上の模様はなんだろう?」 「さあ。ジャップの考えることですから、きっと何かしらのシンボルじゃないですかね。俺の目には黄色い皿の上に、切り離したピザが並んでいるようにしか見えませんけど」  その言葉に、一同がいっせいに笑った。グラハムも微笑んだ。本国から離れて戦う将兵にとって、ピザはおろか、新鮮な卵でさえ滅多に食卓に上がらないごちそうだった。  それがきっかけで、しばらくの間、帰国したら何を食べたいかという話題になった。今までどこか陰を帯びていたパイロットや航法士たちの顔が、一転して明るくなる。  彼らは口々に料理をあげた。チキンフライドステーキ。チーズたっぷりのラザニア。母親が焼いてくれた熱々のアップルパイ。チリコンカーン。チョコレートケーキ――。 「少佐はどうです? 何が食べたいですか?」  話をふられたグラハムは、少し考えてから答えた。 「妻がつくるサンドイッチとローストビーフかな。休みの日はそれを持って遠出するのが、我が家の定番だから」  言いながら、グラハムは郷愁にかられた。最後に一家で出かけたのは、子どもがまだヨチヨチ歩きを始めた頃だ。今では毎日ミツバチにようにあちこち駆けまわり、母親をやきもきさせている。子どもの成長は早い。それを間近で見られないことは、グラハムにとって軍務に就く上で数少ない遺憾なことだった。  B29のパイロットや航法士たちから話を聞き終えたあと、グラハムは彼らの一人一人と握手して別れを告げた。その時、パイロットの一人が言った。 「みんな、硫黄島の攻略が早く始まることに期待をかけています。あそこが我々の勢力圏内に入れば、日本までの距離は一気に半分になる。なにより硫黄島からなら――」 「B29を援護するために、戦闘機を飛ばすことができる」  グラハムは応じて、相手の手を強く握り返した。 「いずれ私も、貴官らと飛ぶ機会に恵まれるだろう。その時には、今日話してくれたことが必ず役立つと思う。今日は本当にありがとう」  パイロットたちに見送られ、グラハムは帰路についた。  用意された宿舎へ歩く少佐の頭を占めていたのは、例の危険飛行をするトニー(三式戦)のパイロットのことだった。そのパイロットについて――正確には、彼の機体に描かれたマークについてだが――聞くのは、実は初めてではなかった。  サイパン島に降り立ってから四日。すでに聞き取りを行った別のパイロットたちからも、「黄色い日の丸に、意味不明な赤白模様」を尾翼に描いたトニー(三式戦)と、彼が率いる飛行隊の存在が話題に上がっていた。  物思いにふける内に、グラハムは分かれ道に来た。左を選べば、彼の宿舎へ続いている。  しかし、グラハムは一瞬足を止めた後、右側の道を選んだ。  

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