297 / 370

第15章㉗

 その夜は夕食を済ませると、全員が一様にさっさと布団にもぐりこんだ。  中には東のように、夕飯の配膳が済むより先に、ピストの隅で寝てしまった者もいた。 「…本当にめんどうな奴だな」  東を見下ろし、そう言ったのは笠倉だ。しかし、周りの者の手を借りて、引いた布団に東を運んで寝かせてやったのは、他ならぬ笠倉である。  口では文句を言うのだが、気づけばあれこれ背負(しょ)い込んでいる。本人は無自覚なようだが、根は面倒見のいい性分なのだろう。見ていた金本は、そう感じた。  そして消灯時間を過ぎても、黒木は戻ってこなかった。  金本は正直、眠かった。それでも布団をはい出すと、他の者を起こさぬようピストの外に出て、黒木の帰りを待つことにした。  浜松飛行場は、暗闇にすっぽりと覆われていた。今晩はとりわけ夜間の空襲を警戒している。建物の窓のカーテンは隙間なく閉じられ、ひと筋の光さえ差していない。日暮れ頃には、まだ西の空にかかっていた三日月もすでに沈み、星明かりだけが地上に注いでいた。目を凝らしても、爆撃を受けた格納庫や建物の輪郭をうっすら識別できる程度だった。  金本は星を眺めながら、今日の戦いのさまをひとつひとつ思い浮かべた。うまくいった場面。そうでなかった場面。記憶は鮮明で、細部まで克明に覚えている。戦闘機乗りとして戦いを重ねる内に自然と身についた能力だが、当然、時間が経つほど曖昧模糊としてくる。少なくとも明日の内には描き出して、後日の戦闘の戒めとしたいーー……。  そんなことを考える内に、暗闇にポツンとか細い光が灯った。遠目には蛍の発する光のようにも見えるが、今は冬だ。しかも徐々に大きくなってくる。その光は、懐中電灯のもの以外ではあり得なかった。  近づいてくる相手を驚かさないよう、金本はわざと砂利を踏んで音を立てた。すぐに向こうから光を浴びせかけられ、立ち上がった金本は目を細めた。 「…なんだ、お前か」  半ば予想していたことだが、やはり黒木であった。 「他の連中は?」 「とっくに寝ましたよ」 「ぐっすりか」 「おそらくは…」  それを聞いた黒木が、大またで金本の方へ近づく。パチっという音がして、灯りが消える。  それから、黒木が倒れ込むように、金本の方に身体を投げ込んできた。  一瞬、よろめいたものの、金本は相手をしっかり受けとめた。 「…疲ーれーた」  金本の肩に顔をうずめ、黒木は仰々しくうめく。 「しんどい。だるい。眠い。やってられねぇ、本当に……なんで話し合いってやつは、あんなに長々かかるんだ……」  吐き出される愚痴を、金本は黙って聞いた。もっとも、そう長いことではない。ほどなく黒木は顔を上げ、金本に頬をこすりつきた。何を望んでいるか、鈍い金本にも十分、伝わった。  黒木の背中に手を回し、金本はその唇に口づけた。  口づけは初めこそ、穏やかだった。だが、すぐに火がついたように激しくなった。  互いの歯が当たる。舌と舌が絡み合う。舐めて、吸って、混じり合った唾液が、二人だけの媚薬に変わる。濡れた口が立てるピチャピチャという音を、荒い息遣いが圧倒する頃、金本は完全に勃起していた。つい数分前までは、思いもよらなかったことだ。  黒木が欲しくてたまらなくなった。しかし、今いる場所も、自分たちの体調も、情交に最適だとは到底、言えなかった。  その時、黒木が唇を離し、懊悩する金本の耳に寄せた。 「ーー勃ってるな。やるか?」 「………いや、いい」  金本は欲情に蓋をして、かろうじて自制した。本心は、正反対もいいところだったが。  もっとも、金本の煩悶など、黒木ははなからお見通しだったようだ。 「痩せ我慢しやがって……じゃ、せめて抜いてやるよ」  そう言ってうずくまると、金本の飛行服のズボンを脱がしにかかった。  金本は逆らわなかった。この際、手で抜いてもらうだけでも、ありがたいと言うものだ。  ズボンを下ろされると、たちまち太ももに寒さが染みた。そこに黒木の手が触れ、ふんどしがゆるめられる。解放された屹立は、寒さにもほとんど影響されず、固いままだった。その太い竿に黒木が手を添える。そしてーー。  金本が思っていたのと全く違う、ぬるりとして温かいものに包まれた。 「いっ……」  ギョッとして金本は下を見た。暗いので、もちろん細かいところははっきり見えない。それでも黒木の頭が前後に揺れるのが分かる。そのたびに、快感の波が身体をせり上がり、のどのあたりまで押し寄せてきた。  今まで、手でしごいてもらったことはあった。  だが、口でされるのは、完全に初めてのことだった。  「やめろ」と金本は言わなかった。言えるわけがない。交わるのとはまた別種の気持ちよさに瞬く間に溺れ、我を忘れた。  知らず知らずの内に、金本は黒木の頭を両手ではさんでいた。動きの主導権が金本の方に移る。それほど経たない間に、金本は絶頂を迎えた。 「出る……――!」  吐精の間中、金本は黒木をつかんで離さなかった。  黒木の方も抵抗せず、顔をわずかに歪めながら、熱を帯びた粘液を口の内で受けとめた。

ともだちにシェアしよう!