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第15章㉚

ーー三日後。北マリアナ諸島、テニアン島から三十キロ北の洋上ーー  あと一時間もすれば、日が沈むという時刻である。海抜三千メートルの高度を、十二機の戦闘機が編隊を組んで飛んでいた。アメリカ陸軍の航空軍が誇る最新鋭の戦闘機、P-51Dマスタングである。編隊の先頭を飛ぶ隊長機には、黒服をまとった骸骨の神父が描かれている。  操縦席に座るヴィンセント・E・グラハム少佐は、洋上飛行訓練を兼ねた哨戒任務を終え、部下たちを率いて帰投するところであった。  すでに到着予定時刻を三十分ほど超過している。Pー51は夜間戦闘を想定された機体ではない。日暮れまでに、テニアン島の飛行場へ着陸する必要があった。 「――地上管制官へ。こちら、第七十八戦闘航空群所属の飛行隊だ。マスタング十二機が哨戒任務を終えて帰投する。あと十分ほどで飛行場上空へ着くから、着陸の許可を願う。どうぞ(オーバー)」  グラハムが無線で呼びかけると、すぐに返答があった。 「こちら、管制官。了解した。滑走路をあけておく。すでに誘導灯は出してあるから、それを目印に降りてきてくれ」 「オーケイ。助かる」 「あとちょうど今、飛行場からPー61が一機、離陸した。そちらの方向へ向かっている。一応、気をつけてくれ……」  地上管制官の言葉に覆いかぶさるように、無線に新たな通信が割り込んできた。 「――ハロー、ハロー。Pー51のパイロットさん達!」  ハスキーなその声は、空気を入れすぎたサッカーボールのような弾み方をしていた。  場違いな陽気さに、面食らわなかったパイロットは多分、グラハムだけだろう。彼だけが、声の主の正体に心当たりがあった。  麦わら色の髪と、やたらと長い手足を持つ男ーーエイモス・ウィンズロウ大尉の姿が、グラハム少佐の脳裏にまざまざと浮かぶ。想像上のウィンズロウは上機嫌な笑みをたたえているが、多分、現実でもそうだろうと、グラハムは思った。  地上管制官の声を押しのけて、ウィンズロウはさらに続けた。 「姿が見えなくても、飛び方であなた達がイケてるって分かるわ。特に先導のパイロットさん。最高ね。今夜の予定を聞いてもいいかしら、黒髪の少佐さん?」  ふざけた問いかけに、グラハムは大真面目に答えた。 「…名前はヴィンセント・エイブラハム・グラハム。今夜の予定は、そうだな…夕食をとった後、妻に手紙を書いて、子供の写真を眺めてから寝るつもりだ」 「つけいるスキのない、模範的な父親ぶりね」  いまいましげな口ぶりに、グラハムは苦笑を浮かべた。 「君の予定はどうなんだ。ウィンズロウ大尉?」  約一ヶ月ぶりに言葉を交わす相手に、グラハムは訊ねた。 「今夜は無理でも、明日なら?」 「あら、誘ってくれているの。めちゃくちゃ嬉しいわ。でも…ほんっとうに残念! テニアンは経由地で、これからよそで仕事なの。次、いつ戻って来られるかワタシにも分からないのよね。もう! どうして、こうすれ違ってばかりなのかしら。神様の意地悪?」 「前線がどんどん、北上しているからだろう」  グラハムは言った。 「しかも君は優秀なパイロットで、数少ない夜間飛行の専門家と来ている。あちこち飛ばされるのも、いたし方ないかな…会えないのは、残念だが」 「そうねぇ。あ、いいこと思いついた。すれ違うんだったら、お互い顔見せて挨拶するのは、どう?」 「悪くないね」 「よし、そうと決まれば…ローラン!」  単座のPー51と異なり、Pー61「ブラックウィドウ」は三人乗りだ。ウィンズロウが呼びかけたローラン・アラルド少尉は、レーダー手である。ウィンズロウの操縦するPー61に三ヶ月以上同乗していられた搭乗員は、アラルドが初めてだと、グラハムは聞いていた。  そのアラルド少尉の声が、無線に混じる。細かいところは不明瞭だが、「あと二分足らずですれ違う」と言っているらしい。 「オーケイ」ウィンズロウが言った。 「グラハム少佐。そっちの高度は?」 「現在、二千八百メートルを航行中」 「了解。じゃあ、そっちの高さに上がって、右側から回り込むから」  そのやりとりを交わしてまもなく、グラハムはこちらに接近してくる機影を認めた。  ウィンズロウの操縦するPー61は双発機で、夜間飛行のために全体を黒く塗装されている。いかにも堂々とした佇まいは、ヨーロッパ中世の騎士を思わせる。  もっとも、自分の抱いた印象をグラハムがウィンズロウに伝えたところ、大尉に不満げに鼻を鳴らされた。 「騎士(ナイト)じゃなくて、女王(クイーン)よ。彼女は」  ウィンズロウは、航空機を女性に喩える独特の感性があった。 「さしずめ夜を統べる黒衣の女王ってところ。あなたの乗るPー51が、昼を司どる白銀の女王なのと対照的ね。ワタシの仕える彼女は、高貴で、高慢で、そして無慈悲よ。レーダーに映る敵を逃すことはないわ」  

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