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第15章㉛

 …予告通り、ウィンズロウの操縦するPー61はグラハムたちと高度を合わせると、右旋回で後ろへ回り込み、そこから横へ並んだ。機首には両手に機関銃を持つ、首のない黒衣の花嫁が描かれている。コミックキャラクターであるはずの「首無し花嫁(ヘッドレス・ブライド)」は、夕闇の中で妖艶な存在感を放っていた。  と、グラハムが見つめる先で、Pー61の操縦席に設けられた小窓が開いた。  ウィンズロウの顔が小窓からのぞく。陽気で非常識な大尉は、熱烈な投げキスをグラハムによこしてのけた。操縦席の上部に座る射手と、それから尾部にいるアラルド少尉はといえば、パイロットの非礼を詫びるような面持ちで敬礼をする。  彼らに向かって、グラハムは返礼を行うと無線で呼びかけた。 「三人とも、気をつけて。任務が支障なく成功することを祈る」 「そっちもね。今度会ったら、絶対にお酒飲みましょうねーーあ、そうだ! 忘れるところだった。グラハム少佐。あなたに、とっておきのプレゼントを用意したの。テニアンの宿舎の人に預けておいたから、戻ったら受け取ってね」 「プレゼント…?」  グラハムが聞き返すより先に、ウィンズロウが手を振る。  それを潮に、Pー61は離れていった。  グラハムがテニアン島の宿舎に戻った時、すっかり日が落ちて暗くなっていた。  ウィンズロウ大尉からの贈り物は、グラハムに割り当てられた部屋の机の上で、主の帰りを待っていた。  それは一見すると、何の変哲もない茶封筒だった。ただし妙に分厚い。ある予兆にとらわれたグラハムは、はやる心を抑え、封を開けて中身を取り出した。  それは軽く百枚は超えるレポート用紙の束だった。一枚目に、ウィンズロウからのメッセージが記されている。 「総飛行距離:六七八五キロメートル。総飛行時間:二十八時間。聞き取りを行った搭乗員:総勢四十二名。聞き取りにかかった時間:四十八時間(知り合った人間の内、二人とベッドで過ごしたけど、その時間は含んでないわよ)――それが、この紙に書かれた証言を得るために必要だったわ。ま、とりあえず中間報告ってことで、よろしくね。  あなたと、あなたの思いつきに敬意を込めて。 E .Wより」  グラハムは紙をめくった。 「――聞き取り日時:一九四五年一月X日。場所:グアム島。対象:第○□爆撃飛行団所属、カーチス・ライド中尉(パイロット)。ライド中尉は一九四四年四月以降、B―24のパイロットとして、日本軍が占拠する地域に爆撃を行ってきた。迎撃に現れた日本の航空機と会敵した際の様相を、中尉は記憶に基づいて次のように証言してくれた……――」  グラハムは腕時計に目を落とした。すでに、今夜の予定は変更すると決めた。  愛する妻子を差し置いてでも、優先すべきものが目の前にあった。  グラハムは唇をゆがめる。よき夫、よき父親でありたいと思う。けれども、どうしようもない。ヴィンセント・E・グラハムという男は、根っからの戦闘機乗りだった。  一度、紙の束を机に戻すと、グラハムは未開封だったウィスキーの小瓶を開け、ショットグラスに注いだ。 「……いよいよだ」  つい昨日、硫黄島に対してアメリカ軍の上陸作戦が開始された。早ければ、一週間かそこらで占領作戦は完了するものと見込まれている。  ついに硫黄島から、B―29が日本本土へ向けて飛ぶ。グラハムたちP―51の任務もテニアン島周辺の哨戒から、B―29の直掩に変わる。  グラハムはグラスを傾けて、ウィスキーがもたらす熱と高揚感を存分に味わった。  日本の空を飛ぶ日は、もう目前まで来ていた。

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