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第16章⑥

 言い終えて、東條はさぐりを入れてきた。 「金本を名乗る男は、囚人に出される食事に混じるよう、毒キノコを料理人に渡したと、小耳にはさんだ。私も、あやうく口にするところだった。囚人を無作為に狙ったものと、今まで思っていたが……そちらは、こう考えているのか。そもそも金本の狙いは、、と」  東條が今なお頭が切れることを、クリアウォーターは認めないわけにはいかなかった。  クリアウォーターの思考を正確に読んできた。  逮捕時に、東條は自殺を試みた。それゆえに、プリズンにおいても東條に対する監視は、通常の囚人の何倍も厳しいものになっている。常に看守が見張っていて、夜でも独房は消灯されることなく明かりが灯っている。人知れずに危害を加えることは、極めて難しい。  そんな人物を殺すために、考えうる手段の一つはーー気づかれないよう、毒を盛ることだ。 「河内は、金本を名乗る人間に殺されたと言ったな。いつ? どういう状況で?」  クリアウォーターは答えなかった。東條に聞きたいことは、およそ聞けた。だから、ここで尋問を終えてもよかったが、気になったことを聞いておくことにした。 「先ほどのあなたの口ぶりから、推測するに。あなたと高島は、不仲だったのか?」 「不仲? まあ、確かに職務以外で親しくつき合いたい男ではなかったな。はっきり言って、全く、そりが合わなかった」 「理由は?」 「高島は高潔で正義感が強かった。それだけに、高度に政治的な問題に対処できるだけの柔軟さを、欠いていた」 「あなたが言う政治的な問題とは、金光洙が起こした爆弾テロ事件のことか?」 「…本来、金光洙の弟である金本勇は、すぐにでも軍から追放されて然るべきだった。しかし、高島は最後までそれに反対し、首を縦に振らなかった。だから、あのような処置に行き着いた。高島は後に、第六航空軍の司令官となったが、あれは非常に不幸な人事だったと思っている」 「なぜだ? 高島は立派な人物だったと先ほど、評したばかりではないか」 「高島は第六航空軍の司令官として、大勢の飛行兵を特別攻撃隊として送り出す立場にあった。その中には、あの男が熊谷飛行学校の校長だった頃に生徒だった者も含まれていた。高島の性格を考えれば、内心、忸怩たる思いを抱えていたのは、容易に想像できるーー精神的に耐えきれなくなったのだろう。私が聞いているところでは、任務を全うすることなく、心臓発作を起こし、そのまま予備役となった」 「……」 「高島が昨年、自決したことはすでにつかんでいるか?」 「知っている」  クリアウォーターは答えた。  高島実巳元中将は去年の八月十五日、自宅の居室で、切腹という古典的すぎる方法により、自ら命を絶った。高島の妻はその二日前に、夫の勧めで嫁いだ娘の元に、顔を見せに行っていた。幸か不幸か、老いた妻が帰宅するより先に、高島の亡骸は隣家の者に発見されて、警察が知るところとなった。 「ーー高島という男を、私はあまり評価できない。だがその死に様は、実に見事だったと言う他ない」  そうつぶやく東條の声には、まぎれもない感嘆が込められていた。

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