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第16章⑧

「…津川の証言では、あなたは当時、こう言ったそうだな。『兄のおかした大罪は、弟が死ぬことで償うべきだ』と」 「はっきりとは覚えていない。しかし、そういう趣旨のことを言ったかもしれない」 「それは本心から出た言葉か?」  クリアウォーターの問いに、東條は机の上に置かれたままの新聞をちらりと見やった。 「この記事にある通り。死んでいるのなら、それが一番だというのが、私の偽らざる気持ちだ」 「――分かった。尋問はこれで終わりとする」  クリアウォーターはそう言った後で、付け加えた。 「あなたには先刻、アメリカ人の抱える欺瞞を指摘された。それに対する意趣返しと思って、聞き流してもらってかまわない」  不審げな表情を浮かべる元首相に、クリアウォーターは言った。 「皇太子を殺そうとして爆死した金光洙(キムグァンス)は今、朝鮮人たちの間で英雄として祭り上げられているそうだ」 「…馬鹿な」 「あなたの立場では、そう思うのが当然だろう。けれども朝鮮人にとって、天皇は自分たちから独立を奪い取った、日本という国を象徴する存在だった。金光洙は自らの命を捨ててまで、日本の支配に抵抗を示した人物として、今や尊敬を集める存在となったわけだ」 「そんなことが、あっていいはずがない!」  東條は怒りもあらわに叫んだ。勢いで、つけていた義歯が口の中から飛び出しかける。口元を覆い、両眼をぎらつかせる老人に、クリアウォーターは「それが現実だ」と告げる。 「あなたが−−というより、あなたを含む日本人が、何を大切に思うかは自由だ。だけど、それを他者へ押しつけるのは、間違いなくやめるべきだった。しょせん、独りよがりな正義で、他人を心服させることなどできはしない。憎しみと軽蔑をかきたてるだけだ」  クリアウォーターの緑の瞳が、東條を見すえる。 「あなたと河内作治は、自分勝手な正義によって、一人の男の運命をもてあそんだ。それから十年近く経って、河内はひどく暴力的な殺され方をした。それが、当然の報いだとは言わない。けれども、原因をつくったのは間違いなく、あなたたち自身だ」 「……」 「あなたは幸運にも死を免れた。今後、この一件を追及されることもないだろう。しかし、過去が消えることはない。河内とあなたは、自分たちが手を汚さぬ方法で、金本勇を殺そうとした。そのことを忘れないことだ」

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