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第16章⑩

 U機関に戻ったクリアウォーターは休憩もそこそこに、部下たちを全員、一階にある資料室に集合させた。 「皆、この数日、泊まりがけで本当によくやってくれた。ここでの報告が済んだら、家や寮に帰ってひと晩、ゆっくり休んでくれ」  そう一同をねぎらった後、赤毛の少佐は進捗状況について尋ねた。  最初に手を挙げたのは、ケンゾウ・ニイガタ少尉だった。  ニイガタはササキ、カトウとともに、航空兵だった「金本勇」の軍歴と、それから陸軍へ入る前の経歴を調査するよう、クリアウォーターに命じられていた。 「現時点で判明したことの内、要点を報告します」  ニイガタはそう前置きして、説明し始めた。 「まず、申し上げなければならないことがあります。復員庁(終戦後に設置された、復員やその関連事務を扱った省庁)など、旧軍のことを扱う省庁に問い合わせましたが、残念ながら金本に関する情報はまだ一つも上がってきていません。今から述べることは、主に戦前に発行された新聞と、関係者からの聞き取り、それから対敵諜報部隊(CIC)の大阪支部の協力を得て、つかんだものになります」 「分かった。続けてくれ」 「金本勇、本名は金蘭洙(キムランス)。生年は一九一九年ないし一九二〇年。本籍は、朝鮮半島の咸境北道。兄の金光洙とは二、三歳歳が離れています。来日した時期は不明ですが、金光洙と一緒に来たのなら一九三三年です。一九三六年に少年飛行学校に入学するまでの間、大阪市内の朝鮮人が集住する地域で暮らしていました。対敵諜報部隊(CIC)の大阪支部の協力のもと調べたところでは、同地区で叔父夫婦の家に同居しており、その叔父、金哲基(キムチョルギ)は南京錠を作る工場を経営していたそうです」 「金本の叔父は、今もそこに住んでいるのか?」  クリアウォーターの問いに、ニイガタは首を横に振る。 「遺憾ながら、すでに他界しています。金光洙が起こした例の事件の際、特高警察に連行されたそうで。金哲基はそこで拷問まがいの尋問を受け、亡くなったそうです。金本にとって義理の叔母にあたる女性は、夫の死後、一九四〇年ごろに再婚して京都へ移り住んだそうですが、その後の消息はつかめていません」 「そうか…」 「ただ、協力してくれた対敵諜報部隊(CIC)の要員が、その地区の顔役というか、地区の歴史をよく知る人間を見つけてくれました。彼に聞けば、もう少し金本の少年時代の話が聞けるのではないかと思います」   次に、とニイガタは話を続ける。 「先ほど申し上げた理由で、金本の軍歴には不明な部分が多く残っています。分かっていることは、一九四四年から四五年にかけて、調布飛行場に本拠を置く飛行戦隊にいたということです。その飛行戦隊は三つの飛行中隊からなっていて、そのうちの『はなどり隊』と呼ばれる部隊に所属していたことが分かっています。そこから、金本と同じ部隊にいた航空兵を探してみたのですが、最初はろくに手がかりがなくて、苦戦しました」  ニイガタはそこで、顔が半分崩れた青年の方へ目を向けた。おっかない少尉が苦手なフェルミは、首をすくめて、そばにいるサンダースの陰へ隠れた。 「…トノーニ・ジュゼベ・ルシアーノ・フェルミ伍長が教えてくれたんです。アメリカ陸海軍の航空隊関係者が、占領後に日本の航空隊の『エース』――特に撃墜スコアの多いパイロットを探し出して、話を聞いて回ったことがあった、と。そこで入間にある陸軍第五航空軍に事情を話したら、『エース』探しに関わったパイロットを紹介してもらえました」  クリアウォーターはあいづちを打っただけで、あえてパイロットの名前は聞かなかった。  しかし、エイモス・ウィンズロウ大尉である確率は高いように思われた。  ニイガタが言った。 「ダメもとで聞いてみたら、なんと金本の所属していた部隊、『はなどり隊』について知っていたんです。なんでも、『はなどり隊』の隊長だった人物が、アメリカ陸海軍の航空隊の間で、かなりの有名人だったらしくて。彼を探す過程で、『はなどり隊』所属の元航空兵を見つけて、直接会って話を聞いていました。その時に連れていた通訳が、対敵諜報部隊(CIC)所属の日系二世だというので、すぐに確認したら、対敵諜報部隊(CIC)に、住所などの記録も残っていました」  問題の航空兵の名前と住所を聞いたクリアウォーターは、口元に手を当てた。 「大阪か…彼は今もそこに住んでいるのか?」 「その調査を先ほど、対敵諜報部隊(CIC)の大阪支部に依頼したところです。結果が分かり次第、連絡すると約束してくれました」 「金本が所属していた『はなどり隊』の隊長の方は? 居場所について情報はあるか?」

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