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第16章⑰

 鍵屋の男が、地元の警官たちに向かって呼びかけたのはその直後だった。 「金庫が開いたみたいです」  アカマツに言われるまでもない。  一昨日の火事で真っ黒に煤けていた扉が、パカッと口を開けていた。  金庫の中には、複数の引き出しが設けられていた。  群がる警官たちの中にソコワスキーも混じって、引き出しから中身が取り出されていくのを見守った。そもそも解錠に立ち合ったのは、エンペラー(天皇)誘拐計画に関係する書類が保管されている可能性に、期待したからだ。それが見つかれば、尽忠報国隊のメンバーたちを追う手がかりになる。  けれども、中にあったのは古い通帳や借用書、証券、さらに土地の権利書など田宮家にとって重要であっても、今回の事件とは関係のなさそうなものばかりだった。しかも日本語を解さないソコワスキーは、日系二世のアカマツにいちいち翻訳してもらう必要があった。  そのアカマツが、解錠から一時間半ほど経った後に言った。 「地主だった田宮家は、明治や大正の頃、鉱山開発に興味を持っていたようですね。鉱山会社の証券に、投資関係の書類。遠方の土地を購入した時の契約書もある」 「その財産は、田宮正一が相続したのか」 「そのようですーーああ、こんなのも、ありますよ。所有する山のひとつが、軍に徴用された時の承諾書です」 「軍?」 「はい。日本の陸軍です。目的は『観測所(Observatory)建設のため』とあります」 「それ、いつ頃の話だ?」 「一九四五年五月とあります。田宮は土地を明け渡しただけでなく、工事にも協力したようです。陸軍から送られた感謝状も、金庫に入っていました」  聴きながら、ソコワスキーは自分の記憶をたどった。  戦争の末期。特にアメリカ軍を前に沖縄の失陥が避けられないことが明らかになるにつれ、日本は国内に残存していた兵員を九州へ集結させ始めた。そこが次の戦場となることを、正しく予見していたのだ。同時に、アメリカ軍上陸に備えて、防衛のための施設が急ピッチで建造されていった。  そのような軍事施設の中で、最も典型的なのは地上戦を想定した地下壕だ。  せいぜい数十メートルくらいのものから、十キロを超えるものまで、鹿児島を中心に九州南部の至る所で掘削された。   ーーしかし観測所となると…? 「陸軍が、何を観測していたんだ?」  ソコワスキーの問いに、アカマツが困惑顔になる。 「ええっと……申し訳ありませんが、不明です。日本語の原文には、単に『観測所』としか書いていないので。考えられるのは天候か、あるいは日本上空に飛来する米軍機を発見するための見張り台のようなものでしょうか…」  ソコワスキーは目を細めた。軍人としての勘が働く。  どこの国の軍隊でも、機密性の高い場所や施設はそれと分からないよう、曖昧な語や隠語で偽装される。  もちろん、民間人に与える書類なので、単に詳細を省いた可能性もあるが…ーー。 「尽忠報国隊のメンバーが、田宮からこの場所のことを知らされていたら。緊急の潜伏先として使うには、うってつけだ」  ソコワスキーは言った。 「アカマツ。ここいらの土地に精通した警官と、あと地図を借りてこい。観測所が建てられた山がどこにあるか調べるぞ」

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