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第16章㉒

「小脇順右のもとに押しかけた特攻兵が、金本勇と同じ飛行隊に所属していたと?」  ジープを運転するサンダースが、驚きもあらわに言った。後部座席のカトウも、似たような反応を示す。助手席に座るクリアウォーターは、二人の部下に向かって「ああ」とうなずいた。 「金本がいた飛行戦隊のパイロットや整備兵を、ササキが判明した範囲でリストにまとめてくれていた。それで確認したから間違いない。首に傷がある特攻兵――東智(あずまとも)は、金本勇と同時期に『はなどり隊』にいた」  ジープはクリアウォーターの邸へ向かっていた。そこで出張用の荷物をピックアップして、そのまま東京駅へ向かう予定だった。  送迎役を買って出たサンダースと出張に同行するカトウに、クリアウォーターは先ほど明らかになったばかりの事実を、かいつまんで話した。 「東だけじゃない。終戦直後に東とつるんで、上野をうろついていた『特攻くずれ』たちの名前を、莫後退が教えてくれた。もう一人、金本と同じ飛行戦隊のパイロットがいた。同姓同名の可能性も捨てきれないがーーおそらく、同一人物だと思う」 「偶然でしょうか。それとも…」  カトウの疑問に、クリアウォーターは「分からない」と答える。 「このつながりが一体、何を意味するのか。考えるには、材料が少なすぎる。ただ、一つ言えることがあるとすればーー金本がいた飛行戦隊の複数のパイロットたちから、小脇は恨みを買っていたということだ。そのことについて、これから大阪で会う『はなどり隊』の生存者が、事情を知っているかもしれない」  話す内に、ジープは邸に到着した。なぜか、門前に一台の見慣れないオートバイが停まっている。それを見て、サンダースが首をかしげた。 「誰か、来ているようですね。来訪者の予定は?」 「…なかったはずだ」  クリアウォーターも不審を抱く。もし赤毛の少佐に用事があったとしたら、U機関をまず訪れるはずだ。  クリアウォーターはジープを降りる。そのまま、サンダースとカトウを車内に残して、玄関へと向かった。  そこへたどり着くはるか手前で、通いのお手伝いである丸橋正枝の声が聞こえてきた。 「ーー旦那さまに、ご用事があるの? そうなんですの? …もう! 『わたし、わたし』と連呼されても、何のことだか、さっぱり分からないですよ!」  正枝の声は半分、金切り声になっていた。  見れば、小柄な彼女の前で手足のやたら長い男が、何やらまくし立てている。正枝からすれば、威圧感を覚えざるを得ないだろう。  クリアウォーターが耳を傾けると、男は 「コレ、ワタシデ、ワタシーデ! O .K .?」  と日本語らしきものを口にしていた。  相手の正体に早々と気づいたクリアウォーターは、軍服に包まれた背中に向かって言ってやった。 「…『渡して(hand)』と言いたいのなら。『ワタシ』じゃなくて、『ワタシ』と言わなきゃ。濁音化したら、日本人には通じないよ」  赤毛の少佐の律儀な指摘に、男が振り返る。  エイモス・ウィンズロウ大尉が赤毛の少佐を認めて破顔した。    正枝は辟易した様子で、雇用主の荷物を取りに邸へ入った。小刻みに上下する肩が、「日本語の通じないアメリカ人は、もうこりごり」と語っている。クリアウォーターはその後ろ姿を見送り、小さくため息をついた。  正枝をお手伝いとして迎え入れてから、まだ二月も経っていない。  けれどもこの調子では、「やめる」と言い出す日も遠くないかもしれない。その場合、彼女の心の安寧のためにも、あまり引きとめない方がいいかもしれない。  クリアウォーターは首を振り、お手伝いさんを困らせていた元凶に向き直った。 「私の邸がここだと、どうやって知ったんだい?」  クリアウォーターの問いに、ウィンズロウはあっさり種明かしした。 「ちょっと前にあなたのお姉さんを小型機に乗せて、ここらの上空を飛んだの。その時、この可愛い屋根の邸に、弟が住んでいるって聞いたから」 「なるほど」 「なんなら今度、時間がある時に乗って飛んでみる?」 「遠慮しておく」  クリアウォーターは即答し、わざとらしく時計を眺めた。 「悪いけど。これから大阪へ出張で、列車に乗らなければいけないんだ。私に渡すものがあるなら、手短かに頼む」 「あ、そうだったわ」  ウィンズロウは手にしていた厚手の封筒を、クリアウォーターに差し出す。受け取ると、思いのほか重かった。 「あなた、前にワタシがまとめた『パイロットたちの目に映ったもの』っていう報告書を、読んだって言ってたわよね。この封筒の中には、その時、元になった聞き取り原稿やメモが入ってるーー」  ウィンズロウは、褐色の瞳を訳ありげに細めて言った。 「カナモト・イサミがいた飛行隊に関するものがね」

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