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第17章③

――おかしなことになった。  金本は落ち着かない気分で、畳の上であぐらをかく黒木と蓮田を見やった。二人の周りには、笠倉をはじめ、ほとんどの搭乗員が物見高く集まっている。  花札ははなどり隊に元々、置いてあったものだ。時々、笠倉や東たちがそれで時間を潰しているのを、金本は見かけていた。  札を切りながら、蓮田が言った。 「何にします? 一番やりやすいのは、『こいこい』ですが」 「お前の得意なやつでいい」 「なら『五枚株』は? 四番勝負で、二勝二敗の引き分けありで」 「いいぜ」  黒木は見物人の一人を振り返った。 「おい、東。イカサマ防ぐために、お前が札切って山作れ」  指名された東は、花札の束から八枚引き抜くと、残りの四十枚の札を手早く分けた。五枚ずつ、計八つの山ができる。  『五枚札』のやり方は、金本も一応知っていた。元々、株札でやる遊戯で、参加者はまず五枚一組となる山をひとつ取る。それから、その内の三枚を使い十の倍数を作って、それらの札は捨てる。作れなければ、その時点で負けが確定する。そして、手元に残った二枚の組み合わせで勝敗を競う。花札を使う遊びとしては割と単純で、それだけに運に左右される側面が強い。  蓮田が黒木の方へちらりと目を向けた。 「タバコ、賭けます?」 「そうだな…」  黒木は少し考え、不敵な笑みを浮かべた。 「それより面白いことを思いついた−−負けた方が、勝った方の言うことを何でも一つ聞くってのは、どうだ?」  聞いた蓮田は目を細めた。 「俺に、何させたいんで?」 「そいつは、今から考えるよ。で、どうだ? やるか」 「…受けて立ちます」  黒木が札の山を一つ取る。蓮田も一つ取った。  黒木と蓮田は、それぞれの手札を確認すると、すぐに三枚取って見えるように畳に広げた。  黒木が藤(四月)、萩(七月)、菊(九月)――合計、二十。  蓮田が松(一月)、桜(三月)、牡丹(六月)――合計、十。  そして、残った二枚の札を互いに見せた。  蓮田の手にあったのは、藤とススキ(八月)。特定の役がないので、この場合、四と八の合計、十二の一の位の数を取って、得点は二となる。  そして、対する黒木はーー杜若(五月)と菊だった。合計十四で、得点は四。  黒木がニヤリと笑った。 「第一戦は、俺の勝ちだな」 「そのようで」  蓮田は特に悔しがる様子もなく、使い終えた花札を脇に押しやる。  その上に黒木も自分の札を捨て、新しい山に手を伸ばす。  それを眺める蓮田が、唐突に言った。 「ーー自分の父方の親類に、ヤクザ稼業に足を突っ込んだのがいるんですが」  話しながらタバコを一本くわえ、マッチで火をつける。 「そいつと俺は幼馴染で、割と今でも親しくしてるんです。それで前に、実家のある深川でばったり再会した時、メシ食うついでに聞かれたんですよ。『李香蘭(昭和に活躍した有名女優)みたいな美人の戦闘機乗りを知らないか』って」 「…へえ」黒木は生返事を返す。 「幼馴染から聞いた話じゃ、その器量良しはそいつの組のショバにある賭博場を、ちょくちょく荒らしていたようで。そのせいで一度、組の若衆の中でいちばんの勝負師と花札で勝負することになったそうです」 「ふーん。で?」 「賭けの内容が中々、イカれていましてね。美人の戦闘機乗りの方は、賭場にあった酒瓶とタバコを、勝ったら全部寄こせと言ってきました」  蓮田が札を三枚捨てる。合計は十。 黒木の方も同数だった。  その時、蓮田が傷の走る唇をゆがめ、はじめて笑いらしきものを浮かべた。  どこかいびつで野卑た表情に、金本は一瞬、悪寒を覚えた。  蓮田は黒木や「はなどり隊」の搭乗員たちに対して壁を築いていた。それが崩れ、向こうに潜んでいた本性が垣間見えた気がした。 「顔は天女みたいにきれいだったそうですが。中身は押し込み強盗並みに、強欲なやつですよ。当然のごとく、組の連中はキレた。その一人が、こちらも結構えぐいことを思いつきましてね」  蓮田は煙を吐いて言った。 「もし勝負師の方が勝ったらーーその男を全員で輪姦(まわ)して犯そうって、提案したんです」  …言い終えて、蓮田は周囲を囲む「はなどり隊」の面々を、不遜げに見渡した。  まだピンときていない者が二、三いる。  けれども、ほとんどの搭乗員が、話に出てきた「強欲な美人」が自分たちの隊長であることに気づいていた。  その観衆の中に、とりわけ殺気立っている男がいることを蓮田は認める。  金本勇曹長。黒木に腰巾着のように、ついて回っている朝鮮人。  本当、黒木とできてるんじゃないかと、思うくらいだ。 「――そこまで詳細を知ってんなら。勝負の結末も聞いてるんだろ」  意外にも、黒木本人は動じた様子はなく平然としていた。 「ヤクザどもは、見事にカモられて終わったーー二のゾロ(同じ数字が二枚揃う手)だ」  黒木が手札を示す。蓮田はそれを見て、畳に手札を投げ出した。  見ていた何人かが、「おぉ」とつぶやく。  五のゾローー「らいちょう隊」の少尉の勝ちだった。 「ーー前から思ってたんだ」  蓮田は口をすぼめ、わざとタバコの煙が黒木の顔にかかるように吹きつけた。 「あんたは飛行服より、女物の着物の方がずっと似合いそうだって――俺が勝ったら、女の格好をして見せてくださいよ」

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