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第17章⑧

 地平を焼く赤は、夜明け近くになっても消えなかった。  そのまま朝を迎える。曙光が差し込み、あたりが明るくなる。そこでようやく、闇に逃げ込む幽鬼のように、不吉な赤色は退散していった。  (ひる)近くになって、何人かで都心の様子を見にいくことになった。  すでにその頃には、東京の中心地、とりわけ隅田川より東側にある本所、深川、向島、そして城東の一帯が、壊滅状態になったこと、さらに西側にある浅草や日本橋も焼けて、省庁や陸海軍の建物に被害が出たことが伝わってきていた。皇居にほど近い防空飛行師団の司令部も、焼失したとのことだった。  話し合った結果、はなどり隊からは笠倉が行くことになった。黒木は麻布にいる異母姉の安否が気にはなったが、立場上、飛行場に残らなければならない。黒木の代わりに金本が様子を見にいくことを提案したが、これは黒木本人に止められた。 「大震災の時のことを忘れたか? 逆上した日本人に、朝鮮人が何百人も殺された話は、聞いたことくらいあるだろう。安全のためだ。金本、お前はここに残れ」  外出許可を得た上で、笠倉はらいちょう隊の蓮田たちと共に、トラックで出かけていった。 戻ってきたのは、日暮れ頃だ。  はなどり隊のピストに姿を現した曹長は、あたかも半日ぶっ通しで飛び続けたような顔をしていた。消耗しきっている。状況を知りたがる搭乗員たちに囲まれたものの、笠倉はすぐには口を開けなかった。  黒木に促されて、ようやく自分が目にしたものの一部を語り出した。 「――飯田橋を越えた先、向こう一面、焼け野原になってました。何もかも、黒焦げです。ビルも家も、都電の車両も、避難者が引いていた大八車も……人間も、です。煙か火かにまかれたんでしょう。亡くなって、そのまま焼かれた亡骸を、あちこちで見かけました」  見たことの全ては、話さなかった。若い連中の耳に入れるには、あまりにむごすぎると思ったのだ。  防火用水の桶の中で、兄弟らしい二人の子どもが抱き合ったままの姿で、黒こげになっていた。赤ん坊を抱いたまま、倒れ伏した女の亡骸を見た。防空壕に逃げ込んだものの、火に囲まれて逃げられず、そのまま蒸し焼きにされた一家を見たーー。  気をつけていたが、それでも一度か二度、笠倉は道路で誰かの黒焦げた腕や背中を踏み抜いてしまった。    隅田川の河面も、地獄絵図さながらだった。いくつもの死体が、橋梁や浅瀬に流れついていた。迫る火の手から逃れようと、次々に川に人が飛び込んだのだろう。先に落ちた人間の上に、人が重なり、水面に顔を出せずに溺れ死んだ者が大勢いたと、耳にした。  まだ三月だ。水温が冷たすぎて、亡くなった人間もいただろうと、笠倉は無言で思った。  移動する中で、生存者たちも見かけた。火中でかぶった煤で、顔や服が黒くなっているのは、一番マシな方だ。服が、髪が、皮膚が焼けただれた何十という人間が、傷ついた身体を引きずって、焼け跡をさまよっていた。  

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