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第17章⑱

 …グラハムの探し求める相手が、もしこのアメリカ人パイロットの思考を知ったとしたら、花に似た美貌をゆがませて、吐き捨てただろう。 「気色悪い懸想(けそう)するんじゃない。この戦闘変態め」と。  P51の集団が、待ち構える黒木たちの方へ、上方位から突っ込んでくる。正確には後上方を狙っていたのだが、容易に背後を取らせるほど、黒木たちは甘くない。襲来する敵に対して、直ちに回避行動をとる。  その結果、旋回する飛燕たちの右斜め上方より、会敵する形となった。  息を吸って吐くより先に、風防ガラスの向こうで、敵味方が入り乱れた。  アメリカ軍機であることを示す星のマークが、視界をかすめて飛び去る。いくつもの白い五角星の中に、黒木は一瞬、奇妙なものを見出した。  それは髑髏だった。黒い布で包まれた頭蓋骨で、尾翼側ではなく、発動機がついた前方に描かれている。 「悪趣味な奴が、いやがる…ーーまさか、あいつが指揮官か?」  ほぼ同時に、黒木の前方を飛ぶ金本も、そのP51に気づいた。  黒木は髑髏と思ったが、金本は黒い布をまとった骸骨だと、より正確に見てとった。  金本の動体視力は、黒木とほぼ互角だ。しかし、金本はその骸骨を以前、別の場所で目にしたことがあった。  昨年、金本たちが初めて撃墜に成功したB29。その機体に、まったく同じ図案が描かれていた。 ――米軍内で、流行しているのか?  脳裏にそんな考えがよぎる。  しかし、敵味方が時速六百キロ前後で飛び交う戦場で、それ以上のことを考える余裕はなかった。 〈――撃ち落とすのは、二の次だ! 小隊を維持して飛ぶことに集中しろ。常に後ろを見るのを忘れるな!〉  訓練中、百回以上口にした注意を、黒木は繰り返す。笠倉や蓮田のような熟練者には、無用の長物以外の何者でもない。  しかし、新米のひよっこは、実戦の緊張と興奮にいとも容易(たやす)く飲み込まれる。  訓練時に散々、罵倒され、殴られ、叱られても、なお目の前を飛ぶ敵機しか目に入らず、あっさり背後から撃ち落とされる。そうならないよう警告して、さらに経験豊富な搭乗員たちに援護してもらう必要があった。  もっとも、敵がそれを許すほど、技量が高くなければの話だが。  一秒ごとに、黒木は戦場となった空域全体を見わたす。戦況の変化を、写真を撮るように目に焼きつける。同時に、飛燕にまとわりつこうとする敵機を振り切って、さらに狙いやすい位置にいる敵がいないか探りを入れる。その間にまた、後方不注意になっている味方に、警告を飛ばす…――。  すべてをこなそうとすれば、三、四人分の脳みそが必要だ。  しかし、『はなどり』『らいちょう』『べにひわ』の三隊を率いる男は、一人でそれをやってのけた。この一点だけとっても、黒木栄也という男が外面の美貌だけでなく、情報処理能力において常人離れしているのは明らかだった。  しかし、戦闘開始から二分後――ついに、最初の被撃墜機が出た。  墜とされたのは、三月に『らいちょう隊』に配属されたばかりの新兵だった。未熟ながらも、黒木の命令を厳守し、小隊を維持して飛んでいたが、同数以上のP51に追われたのが、運の尽きだった。僚機が急旋回した時、ついていけずに引き離されたところを、あっという間に敵に囲まれてやられてしまった。  黒煙を上げて飛燕が墜落していく。その時、すでにP51の集団は次の獲物を見つけている。  黒木が確認できたのは、そこまでだった。  彼と今村たちの方へ、別のP51たちが後ろから迫ってきていた。

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