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第17章㉕

 米兵がいるという場所は、金本たちがいた農家から二百メートルほど進んだ農道であった。  その必要はなかったが、金本たちは見に行った。自分たちが戦った相手がどんな姿をしているのか、この目で見たいという思いからだった。  そしてすぐに、その選択を後悔することになった。  搭乗員らしきその男は、すでに死んでいた。縛帯をつけていることから、航空機の搭乗員なのは間違いない。  しかし、彼は撃墜されて死んだのではなかった。  落下傘で脱出し、地上に降り立った後、彼を見つけた村人たちに、なぶり殺しにされたのである。鋤や鍬といった農具でめった打ちにされた挙句、斧で頭蓋を叩き割られるというなんとも凄惨な殺され方をしていた。 「誰が殺したかって、聞きますけどね。兵隊さん。そんなもん、みんなでやったんですよ」  憲兵から詰問された村の男――死体のそばで見張り番をしていた――は、罪悪感を抱いた様子もなく話した。 「この鬼畜米英に、飛行機の兵隊さんは殺されたんだろ。俺たちはそのかたきを取ったんだ。年寄りも、若いのも、娘っ子も、勇ましいもんで、見せてやりたかったよ。うちの隣にある久保さんの家なんか、息子二人が南方で死んだもんだから。久保のおばさん、息子たちのかたきとばかりに、斧を持ち出して、見事に頭に一撃入れてやって…――」  男の話はまだ続いていたが、金本は最後まで聞くことなく、その場を離れた。  来る時には気づかなかったが、道のあちこちに血飛沫が飛んでいた。  村人たちに追い回された米兵が、生きのびようと必死で逃げた跡だった。  金本は複雑な気持ちを抱いた。憎むべき敵とはいえ、その死に方には一抹の同情を覚えた。  そして、そのように感じたのは金本だけではなかった。  村人に殺された米兵を運ぶ段になって、整備兵の千葉が憲兵に手伝いを申し出た。 「かまわないですよね?」  そう千葉が聞いた相手は金本だ。金本はうなずいた。  米兵のそばまで行った千葉は、亡骸に触れる前に、当たり前のように手を合わせた。  その行為を憲兵と村人の男に見とがめられたが、千葉は平然と言い返した。 「たとえ米兵であっても。きちんと(とむら)わないと、祟られますよ」  飄々とした態度で大真面目に言う男に、憲兵が鼻白む。「祟られる」と言われた村の男は、初めて薄気味悪そうな面持ちになった。  憲兵はそれ以上、とがめなかった。しかし潰れた頭部を千葉に持つように言ったのは、完全に嫌がらせだろう。千葉は嫌な顔もせずに、指示に従った。    首の下に手を入れた時、米兵の軍服の間から、銀色の首飾りのようなものが転がり落ちた。  それは戦死者の特定に使う認識票(ドッグ・タグ)だった。千葉は服の中に戻してやる前に、小さな板に刻まれたアルファベットを読んだ。 「Young…husband――ヤングハズバンド? それがあなたの名前ですか」  むろん、相手から返事はない。  千葉は米兵を運んでいる間、ずっと心の中で阿弥陀経を唱えていた。

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