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第17章㉖

 その日、金本と松岡は笠倉の亡骸を積んだトラックとともに飛行場へ戻り、千葉たちは集落で一泊することになった。多摩川に不時着した飛燕の状態を確認するためだった。  翌日、戻ってきた千葉は、黒木のところへ報告しに行った。 「奇跡ですよ。石だらけの川床に、あんなに綺麗に着水できるなんて。発動機も、無事でした。機銃であけられた穴をふさいで、燃料槽と無線機を交換すれば、何の問題もなくまた飛べます」 「そうなると一番の悩みどころは…機体を山奥から引きずり出せるか、か?」 「はい」 「できそうか」 「簡単とはいかないでしょうが、おそらく可能です」  千葉は黒木に、自分の考えを話した。 「発動機と翼、それに武装を外してしまえば、胴体部の重量は乗用車程度になります。脚を後で交換する前提で、縄をつけて川沿いに運んでいけば、ふもとへ下ろせるでしょう」 「分かった。作業に必要なものと人数を、至急書き出して持ってこい。俺の方で調整するーーなにぶん物資不足が深刻だ。使えるものは、とことん使うぞ」  そう言って、黒木は少し遠くへ目をやった。  八分咲きの桜が、晩春の到来を告げていた。  人死が出ようと、関係ない。何事もなかったかのように、季節はうつろいで行く。  自然のその有り様に、黒木はいっそ残酷ささえ覚えた。 「――…戦闘機以上に、まともな搭乗員が足りないってのに。勝手にくたばりやがって」  白く張りつめた横顔には、悲しみより怒りが強くにじんでいた。  戦闘から四日後。ようやく外出する時間が作れた黒木は、金本を伴って調布飛行場から一時間ほどのところにある病院を訪れた。  そこに、先日の戦いで負傷した東智伍長が収容されていた。  被弾・炎上した飛燕から、東はからくも脱出を果たした。しかし、その時点で割れた風防のガラスが首に突き刺さるという重傷を負っていた。  落下傘降下する間も、東はP51たちに執拗に狙われて、何度か命を落としてもおかしくない危機に見舞われた。実際に、搭乗員が脱出後に敵機に狙撃されたり、落下傘の紐を切られたりして、死亡した事例がある。生きて地上に戻れたのは、それだけで幸運だった。  黒木と金本が見舞った時、東は首から肩に包帯を巻いた姿で、寝台に横たわっていた。両目を閉じていたので、眠っているのかと思われた。しかし、金本が呼びかけると、うっすら目を開けた。痛み止めに打たれたモルヒネの影響か、ひどく眠そうだった。 「――来る途中で、医者から聞いた。声が出せないらしいな」  黒木は慎重に言葉を選んで、部下に語りかけた。東が、自分自身の怪我の具合をどこまで把握しているか、分からなかったからだ。  首に刺さったガラス片は、運よく太い血管や神経を傷つけなかった。戦隊の搭乗員の中には、東の怪我が機銃の弾が当たったことによると思っている者もいたが、十二.七ミリ弾をまともに受けた場合、下手すると首が千切れる。そうなったら、用意する位牌がもう一つ増えていただろう。  医者は、黒木たちに病状を説明した。若くて体力もあるから、いずれは回復する。経過次第では、搭乗員に復帰することもできる。  けれども、おそらく二度と、まともに言葉を発することはできないだろう、と。  発声に必要な部位に、東は致命的な傷を負っていた。傷が塞がるまでは、食事もままならず、今は点滴で命をつないでいた。

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