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第17章㉗
東はベッドの上に上半身を起こすと、枕元にあった手帳に鉛筆で書きつけた。
〈本当にふがいないです。また飛べるようになったら、今度こそ米軍機を墜とします〉
「…無理はするな。何より、まずは怪我を治すことに専念しろ」
黒木のねぎらいに、東は口を閉ざしたままうなずく。
それから、再び鉛筆を動かす。
示された文字を見て、黒木は顔を硬くした。
〈笠倉曹長どのにも、伝えていただけますか。僚機のつとめを果たせず、みすみす敵に墜とされて申し訳なかったと〉
黒木は、声を失った青年を見やった。
東と組んでいた笠倉は、どんな深刻な状況でも毎回したたかに生き残ってきた。東はいつも、その姿を間近で見てきたのだ…。
黒木は内心でため息を吐く。嫌な役目だ。だが、伝えないわけにはいかなかった。
「――笠倉は死んだ」
東の耳に入って、彼が理解できるだけの時間、黒木は待った。
「明日、笠倉も含め、P51との戦闘で死んだ搭乗員の隊葬を行う予定だ。貴様は参加できないが、時間を教えてやる。せめて、ここから奴の冥福を祈って…――」
黒木が話している途中で、カタン、バサッという音が上がった。東の手から鉛筆と手帳がすべり落ち、床に転がる。
虚ろだった顔が、一転してゆがみ、口が大きく開かれた。
東は何かを言おうとした。しかし、喉から漏れたのは、皮膚を引っ掻く音を百倍にしたような奇怪なうめき声だけだった。
「! よせ、叫ぶな!!」
黒木は静止したが、何の効力も持たなかった。
東は腕を振り上げ、寝台に打ちつけた。何度も、何度も。口は絶叫する形のまま、異様な音を上げ続ける。
このままでは傷が開く。
とっさに行動したのは、黒木の後ろに控えていた金本だった。振り上げられた東の腕をつかみ、強引に捻り上げる。相手は怪我人だが、遠慮していられる場合ではなかった。
「医者を呼んできてください!」
金本の言葉に、黒木は速やかに病室を飛び出す。
なお暴れようとする東を押さえる内に、金本は憐れみの情が湧いてきた。
狂乱するその姿が、過去の金本自身と重なった。憲兵による過酷な尋問を受け、兄を失った現実に直面し、精神的にも肉体的にも打ちのめされて、入院していた頃の自分に――。
「――悲しいな」
金本は言った。ありきたりな慰めや同情が、東の心に届くとは思わなかった。昔の金本もそうだったからだ。
できることがあるとすれば、せいぜい吹き荒れる感情を認めてやるくらいだ。
「思いきり、悲しんだらいい。泣いたらいい。日本人は、人前で泣くことを嫌がるが。悲しかったら、思いきり泣くべきだ」
……黒木が医者を連れて戻ってきた時、東はすでに暴れるのをやめていた。
そのかわりに、寝台の上で身体を折り曲げ、声なく泣いていた。
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