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第18章⑧

 さかのぼること、およそ十一時間前――。  大阪駅でクリアウォーターたちと予想外の邂逅を果たしたカナモトは、二人を追って、駅のロータリーへ出た。しかし、そこで二人組の占領軍人は、彼らを迎えにきた車に乗り込んで、深夜の街へ消えてしまった。  遠ざかる車のライトを見つめ、カナモトは地団駄を踏んだ。もとより、追う手段などない。諦める他にないようにも思えたが、どうにも二人のことが――とりわけ自分を巣鴨で追いつめた朱髪の男のことが、気になった。  何か、方法はないか。自分が握っている手札で、奴らの行き先や、カナモトにどれほど迫っているかを、どうにかして知る方法はないか……ーー。  カナモトが駅の公衆電話に目をとめたのは、その時だ。  頭の裏側に、小さな火花が散る。電話を目指して歩くうちに、おぼろげに浮かんだ考えは、急速に形を整えていった。  うまくいく保証はない。だが、やるだけなら損はない。たとえ失敗したとしても、当初の予定通り、列車に乗り込んで目的地に向かえばいいだけの話だ。  カナモトは受話器を取り上げると、迷いなく電話番号案内にかけた。  出てきた案内嬢に、カナモトは言った。 「大阪市内でアメリカの軍人が泊まれるホテルの番号を、全部教えてくれ」  深夜にかかってきた奇妙な問い合わせに、相手は戸惑ったようだ。しかし、間も無く条件を満たすホテルの名前と、その電話番号を教えてくれた。その数は、両手の指の数より少なかった。  電話番号を入手したカナモトは、目を閉じて先刻の光景を記憶から呼び起こした。  「カトウ」――朱髪の男は、日系二世の小男に確かにそう呼びかけていた。  十中八九、日本の「加藤」という苗字だ。  そしてカナモトの見間違いでなければ、その男の軍服についていた階級章は、アメリカ陸軍の軍曹のものだった。  カナモトは再び、電話の受話器を手にする。そして、書きとめた内、一番上の番号からかけていき、出てきたホテルのフロントマンに、英語でこう告げた。 「申し訳ないが、今日、東京から来てそちらに宿泊する予定のカトウ軍曹に、つないでもらえないだろうか? 彼宛ての伝言があるんだ」  そんな人間は泊まっていない、という返事が何度か続く。しかし、四件目でカナモトはようやく、望んでいた答えを聞けた。 「カトウ軍曹ですね。今、おつなぎしますので、しばらくお待ちください」  その言葉を聞いた直後、カナモトは電話を切った。笑みをひらめかせる。 ――奴らの居場所が分かった。

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