361 / 370

第18章⑨

 二人組の宿泊先は、大阪駅から六、七キロほど離れた堺筋沿いにあった。  そこに、カナモトは徒歩で向かった。もとより健脚である。深夜にもかかわらず、一時間足らずで目的地に到着した。  元々、百貨店だった建物の窓は、ほとんど明かりがついていなかった。時間を考えれば、当然だろう。カナモトは建物沿いに、ぐるりと一周する。その途中で公衆電話を一つ見つけた。電話がある場所から、建物の窓は半分しか見えない。カナモトは先に、見えない側で明かりが灯っている窓の位置を、頭に叩き込んだ。  それから公衆電話に戻り、再度、ホテルの電話番号を回した。出てきたフロントマンに、申し訳なさそうな口調でカナモトは言った。 「すまない。先ほどかけた者だが、急に電話の調子が悪くなってしまったんだ。直ったので、もう一度、カトウ軍曹につないでもらえないだろうか?」  カナモトは受話器を耳に押しつけたまま、建物の窓に目をこらした。  それほど待つまでもなかった。暗かった窓の一つに、淡い色の光が灯った。  …この時、クリアウォーターもカトウも、明朝に始まる尋問に備え、早々とベッドに入っていた。互いに、心にわだかまりを抱えたままだったが、なにぶん長時間、列車に揺られた後である。二人とも疲れていて、割とすんなり眠りに入れた。  そこに突然、室内の内線電話が鳴り響いた。  クリアウォーターもカトウも、すぐに目を覚ました。しかし、ベッドから身を起こしたのはカトウの方が早かった。ベッドサイドのランプをつけ、眠りをやぶった音源へ向かう。  電話に出たカトウに向かって、ホテルのフロントマンが告げた。 「失礼。カトウ軍曹どのですか?」 「そうですが…」 「メッセージがあると言って、電話をかけていらした方がいます。今、おつなぎしますので、そのままお待ちください」  眠い目をこすりながら、カトウは「妙だな」と思った。 ーークリアウォーター少佐ではなく、俺に?  その疑問が解けるより先に、ガチャっという音が受話器から聞こえてきた。  つながったにも関わらず、相手は話し出さなかった。  カトウは仕方なく、不機嫌な声で「ハロー?」と言った。  それを聞いた相手は、低い忍び笑いを漏らす。そして、 「…悪かったな、カトウ軍曹。おやすみ」  それだけ言って、電話は一方的に切られた。  カトウは目をしばたかせ、手の中にある受話器を見つめた。その様子に、クリアウォーターも異常を察したらしい。カトウに向かって尋ねた。 「誰が、かけてきたんだい?」 「…わかりません。切れました」  カトウは眉をしかめる。電話越しだったせいもあってか、相手の声に心当たりがなかった。  間違い電話でないのは、確かだ。相手は、カトウの名前と階級を知っていた。しかし、真夜中にイタズラ電話をかけてくるような人物は、知り合いにはいない…。  そこまで考えた時、カトウはこんなしょうもないことをしそうな相手を、一人だけ思いついた。 ――あの、非常識野郎…!  こみ上げてきた怒りを抑え切れず、カトウは乱暴に受話器を叩きつけた。驚くクリアウォーターに目もくれず、ベッドに戻る。そのままランプを消して、ケンカ中の恋人に背を向けた。  怒りの余燼をくすぶらせながら、カトウは背中越しに吐き捨てた。 「――くそったれなエイモス・ウィンズロウ大尉です」  確たる物的証拠は何一つない。しかし、カトウはそうに違いないと思って、疑わなかった。  あいにく、その思い込みは完全に間違っていた。  かけてきたのは彼らが追跡する連続殺人犯であり、泊まっている部屋の位置を確かめるために電話をかけて、明かりをつけさせたのだった。

ともだちにシェアしよう!