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第18章⑩
夜明けまでの数時間、カナモトは焼け跡の一角で過ごした。夏なので凍死する心配は無用である。そこで仮眠をとり、携帯していた食糧で朝食を済ますと、行動を開始した。
昨日、建物を一周した時、裏側に通用口があるのを見つけた。そこへ行くと、すぐに従業員らしい人間たちが、連れ立って出勤してきた。
彼らの一人になりすまし、カナモトはまんまとホテルに侵入した。
男性用の更衣室で、放置されていたツナギを見つけ、それに着替える。
そのまま男子トイレに入り、またしばらく時間をつぶす。
「…そろそろ、いいか」
午前九時半。カナモトはトイレでくすねた電球を手に、七階の客室フロアへ上がった。そこではお仕着せの制服を着た清掃係が、客室のドアを開けて、掃除やシーツ交換にいそしんでいた。
目指す部屋のドアには、鍵がかかっていた。しかし、カナモトは慌てることなく近くにいた娘をつかまえて言った。
「この部屋の電球が切れたから、交換するようにフロントに言われた。でも、うっかり鍵を下に置いてきてしまって。取りに行くのが面倒だから、開けてもらえないか?」
話しかけられた清掃係の娘は、カナモトの顔と手にある電球を交互に見やった。
「…あなた、見ない顔ね」
そう言われた時、カナモトはヒヤリとした。疑われ、その疑惑をホテルの上層部の人間にぶつけられたら、その時点で計画は失敗に帰す。しかし、すぐに娘は、カナモトに微笑んだ。
「仕方がないわね」
彼女は鍵束を取り出すと、あっさりカナモトの目の前で部屋のドアを開けてくれた。
内心の緊張を隠し、カナモトは笑った。
「助かった。ありがとう」
「どういたしまして」
「そちらも忙しいだろうから、仕事に戻ってくれ。終わったら、声をかける」
室内へ侵入を果たすと、カナモトは真っ先に隠れられそうな場所を探した。
衣装をかけるクローゼットは悪くなかったが、戻ってきた清掃係が何気なく開ける可能性がある。見つかった場合、「かくれんぼしていた」では、さすがにごまかされないだろう。
カナモトは洗面所を見て、さらにベッドの下をのぞく。そこに、うまい具合に潜り込める空間があった。電球をツナギのポケットに入れ、迷うことなく身体をねじ込んだ。
しばらく待っていると、ノックの音がして誰かが部屋に入ってきた。
「そろそろ終わった? …あら、いない?」
声で、先ほどの娘だと分かった。カナモトはできる限り、気配を消してじっとしていた。彼女は部屋の中を歩き回り、一度はカナモトから三十センチと離れていないところまできた。しかし、室内に誰もいないと判断したのだろう。「もうっ…」という小さな怒りの声を残して、部屋を出た。外から鍵がかかる音が上がる。
カナモトは一分ほど待って、ようやくベッドの下からはい出した。
立ち上がり、ただちに部屋の捜索に取りかかった。そしてすぐに、失望することになった。
クローゼットに着替えらしいシャツがあったが、それも含め、部屋に残されていたものは、一般的な旅行客の携帯品と大差がなかった。重要なものは、おそらく部屋を出る時に、持っていったのだろう。
一通り探したところで、カナモトは舌打ちし、椅子に腰かけた。
どうするべきか?
服などの所持品が残っている以上、朱髪男たちはここへ戻ってくる。またベッドの下に隠れて、様子を見ることもできるが……。
いちばん単純かつ、魅力的な解決方法。
あの派手な色の髪の男と、「カトウ軍曹」が戻ったところを、不意をついて始末してしまうことだ。朱髪の男は、巣鴨プリズンでカナモトが立てた毒殺計画を台無しにしてくれた。思い出すだけで、はらわたが煮えくりかえってくる。
落とし前をつけられる機会が目の前に転がっているのなら、それに乗じていいのではないか? 少なくとも、自分を追うアメリカ人たちに、一矢報いることはできる…。
カナモトは一方で、ここに来た目的も忘れてはいない。アメリカ軍の捜査が、どこまで自分に迫っているのか。それを知った上で、二人を殺すべきだと、ひとまず結論した。
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