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第18章⑭
…そして今しがた、カトウ軍曹がひとりで戻ってきた。
朱髪男も、まもなく戻ってくる。そう、カナモトは考えた。
ところが予想に反し、十分もたたない内にカトウが部屋から出てきた。手にカバンを提げている。カナモトにとって、ありがたくない事態だった。
――朱髪と別の場所で合流するのか?
どうする? 後をつけるか?――否、さすがにそれはリスクが高すぎる。しかしカトウ軍曹だけをこの場で始末するのは、あまり意味があると思えない。
カナモトが見るところ、あの陰気な日系二世は通訳だ。いわば付属物。おまけである。本当に危険な存在である朱髪男を殺せなければ、意味がない……。
カナモトのその迷いが、結果的にカトウの命を救った。
下から来たエレベーターが、カナモトとカトウのいる階で停まる。
開いたドアから現れたのは、先刻、下でたむろしていたつなぎ姿の従業員たちだった。一人が降り、エレベーターに乗せて上げてきたドレッサーを、もう一人と共に廊下へ搬出する。
その家具が、ちょうどカナモトのひそむ階段室を塞ぐ形となった。
そこへカトウがやって来た。従業員たちと入れ違いで、エレベーターに乗り込む。そのままフロントのある階のボタンを押すと、すぐにドアが閉じた。
わずか数メートルの距離でカナモトとすれ違ったとも知らず、カトウはエレベーター内の壁にもたれかかった。そうやって、赤毛の上官と過ごす憂鬱な午後に向かって、覚悟を固めていった。
次の目的地へ向かう車中で、クリアウォーターはほとんど口を聞かなかった。
考え事に没頭している--そのことを察したカトウは、あえて話しかけなかった。たとえ、そうでなくても、自分から口を開く気にはなれなかったが。
車に乗っていた時間自体、長くはなく、せいぜい十分程度だった。
空襲の爪痕が色濃く残る街を、車は北上していく。途中、一、二度曲がった後、四階建てのビルの前で停車した。からくも焼失をまぬかれ、戦後接収されたその建物に、対敵諜報部隊の大阪支部が置かれていた。建物の窓からは、緑青の銅瓦で覆われた大阪城の天守閣を、望むことができた。
同乗してきた要員によれば、これから尋問を行う相手――金本勇が所属していた『はなどり隊』の元隊員は、すでに到着して待っているとのことだった。
カトウが車を降りようと、ドアを開ける。
その直後、クリアウォーターの独白が耳に入った。
「--復讐が、万人の認める正義になるなんてことが、果たしてありえるか?」
話す英語は理解できた。けれども、赤毛の上官が何を言わんとしているのか、カトウはこの時、理解できなかった。
そして、知る由もなかった。
後に、カトウはクリアウォーターの真意を理解する。
その時点において、クリアウォーターを拒絶し続けたことを、カトウは激しく後悔していた。
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