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第19章③

「…すまない。質問の意図が図りかねるんだが」  とまどうグラハムを、ウィンズロウは褐色の目で見返した。 「言葉通りの意味よ、鈍感さん――ベッドでセックスしないかってこと」  グラハムは、目をしばたかせる。それを見て、ウィンズロウは短くなったタバコを、おもむろに空き缶に落とした。 「怒ったのなら、そのまま出てってかまわないわよ」 「…怒ってはいないが、驚いている」 「何に? ワタシの反聖書的な行いの数々は、あなたも耳にしてるでしょう?」 「まあ…驚いたのは、今まで私に対して、その手のことを一度も言ったことがなかったからだ」  グラハムの反応に、ウィンズロウは心のうちで苦笑する。会うたびに「その手のこと」を匂わせてきたのだが、一つも伝わっていなかったのは明らかだった。 「『今さら、どうして?』っていうことなら、そうね…。死ぬ時に、後悔を残したくないから、かしら」  ウィンズロウは言った。 「さっき、ヒヤリとしたって言ったのは。九州上空を飛んだ時、地上からの砲撃で危うく撃ち落とされかけたのよ」 「君が?」 「油断してたって言えば、それまでなんだけど。飛んでたのは明け方だったし、散発的な撃ち方で、当たるなんて思ってなかったの。それが――いきなり、ズドンよ。ローランが座ってた後方座席をかすめた。その衝撃で窓枠が破壊されて、ガラスは粉々になったわ」  ローラン・アラルド少尉は、ウィンズロウが操縦するP-61のレーダー手である。 「…彼は無事だったのか?」 「幸いね。その時はパニックになったけど、無傷だった。もっとも、あと三十センチずれてたら、彼の身体は原型とどめてなくて、ワタシも無事じゃいられなかったでしょうけど」 「不運だったな。しかし、そういうことは…ー」 「滅多に起こることじゃない? でも現実に、ワタシの『首無し花嫁(ヘッドレス・ブライド)』号に起こった。自分がいつ死んでもおかしくないってことを、再認識するには十分すぎる経験よ」  ウィンズロウは笑ったが、ぎこちなさを隠しきれていなかった。 「それで? ワタシの誘いへのお返事はいかが、少佐?」  グラハムは濃い色の瞳をウィンズロウへ向ける。そして、きっぱりと告げた。 「期待に背いて悪いが、返事はノーだ。君相手に、そういう行為はできない」 「道徳的に? 生理的に?」 「その両方」 「要は、勃たないってわけね」 「…理解してくれてありがたいが、もう少し婉曲的な表現をしてくれ」  グラハムはコップに残っていたウィスキーを干した。急に疲れを感じた。ベッドの上に置かれたウィンズロウの報告書へ、目を向ける。この紙束を持って、今すぐこの場を後にしても、陽気な大尉は、自分をとがめはしないだろう。  けれども、グラハムはなぜか、その場にとどまった。アルコールが、そうさせたのかもしれない。  あるいはーー無意識のうちに、打ち明けたい相手を、ずっと求めていたのかもしれない。 「…君と寝る気にはなれないが、他にしたいことはある」  陸の上で、ヴィンセント・E・グラハム少佐は、ずっと温厚な紳士との評を得てきた。ウィンズロウもそう思ってきた。しかしこの時、年下の大尉に向けた目つきには、相手をぞくりとさせるものがあった。 「手かげんぬきで、君と戦いたい」  グラハムは言った。 「空の上で、互いに持てる力の全てをぶつけあって、そして撃ち落としてやりたい」 「……本気? それともウィスキー入れすぎた?」 「酔っ払っているのは認める。けれど、本心だ」  グラハムは不敵に笑った。飛行服よりも甲冑を、銃よりも剣と盾を帯びた方が、しっくりする剣呑な雰囲気。中世の騎士?――いや、古代ローマの剣闘士が迷い込んできたように、ウィンズロウには思えた。  そして、その直感は正しかった。 「白状すると。私は今、戦争が続きそうなこの現状にワクワクしているんだ」

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