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第19章⑥

 テスト飛行の成果は、上々であった。新たに配備される予定の「キ100」は、期待が持てる。  その一方で、日本の戦局は日増しに厳しくなり、行き着くところにまで行き着こうとしていた。 「――航空機を飛ばすための燃料が、いよいよ不足してきた」  数日前、金本や蓮田ら戦隊の小隊長クラスの搭乗員たちを前に、黒木はいまいましげに告げた。 「…本当に、頭痛の種に事欠かんな。訓練のために飛行時間を取ることが、今後はさらに厳しくなると思っておけ」  …テスト飛行が終わった後、金本は自身の機付きの整備兵である中山に、そのことを話した。すると中山の方からも、ありがたくない話を聞かされた。 「最近、配備される機体の質の低下が、目立ってきています。きちんと組み立てられていなくて、部品の取り付けに不良箇所がある機体が、何機も続いています。千葉軍曹どのが黒木隊長に報告して、立川の工場に抗議してもらったそうですが…こちらできちんと手直しをしてからじゃないと、とてもではないですが、怖くて搭乗員の方々を乗せることはできないです」 「苦労をかける」  金本が労わりの言葉をかけると、童顔の整備兵はなんでもないというふうに、 「それが俺たちの仕事ですから」 と言った。  中山はそのまま新しい機体、「キ100」の整備に取りかかる。ぶかぶかのツナギの袖が邪魔になるようで、今では紐で縛っている。元々、小柄な男だが、金本が最初に会った頃と比べても、官給品の服と身体のサイズの差が大きくなっていた。 「中山。お前、また痩せたか?」 「そんなことはないです」 「いや、絶対に痩せた…」  金本が続きを口にするより先に、中山が制した。 「ーー以前も言った通り、食べ物だったら受け取りませんよ。たとえ余裕があったり、余り物だとしても、曹長どのが食べてください」  中山は肉の落ちた顔で、精一杯しかめつらしい表情をつくり、金本を見上げる。  金本より年長なのだが、童顔のせいで、指先ほどの迫力もない。それでも、小さな身体に見合わぬ意固地さが漂っていた。 「言うまでもなく。一度戦闘機を飛ばすだけで、体力も気力も凄まじく消耗します。切羽詰まった、この戦局です。せめて、お腹いっぱい食べて、体調だけは万全にするよう心がけてください。空腹のせいで、敵機に遅れをとるようなことになったら、悔やんでも悔やみきれませんよ」  軍隊内でも食糧不足は、もはや日常の一コマになっていた。  金本たち搭乗員は、質はともかく腹を満たすには十分な量を、まだ確保できている。しかし、千葉や中山たち整備兵は悲惨だ。「食うにだけは困らぬ兵隊」と言う世間の評判は、すでに過去のことだ。栄養失調から、病気にかかるものも珍しくなかった。  言葉に詰まる金本を前に、中山は表情を和らげる。 「…そんなに、気にやまないでください。食べ物がなくて困るのは、子どもの頃にもあったことです。餓死するには、まだ程遠いですよ」  中山の台詞を金本は一瞬、信じかける。金本自身、朝鮮にいた時、天候不良で村全体が飢餓におそわれたことがあったからだ。  しかし、中山は台湾の華僑出身で、彼の父親は成功した商売人だ。経済的に、そこまで困窮した経験があるとは思えなかった。  深く追求されることを恐れてか。中山は曖昧に笑った。 「それと、あまり大きな声では言えませんが。整備仲間が交代で飛行場を抜け出して、何がしかの食べ物を探してくるんですよ。タケノコとか、キノコとか、山菜とか。…場所がよそさまの山なので、あまりほめられた行いじゃないですけど」  金本は、空腹を補うための涙ぐましい違反行為を、とがめる気にはなれなかった。ただ、 「…よく知らない草花やキノコには、手を出さないようにしろ」  と忠告した。 「黒木隊長に聞いた話だが、飛行場の近くの山には、毒のある草やキノコが、あちこちに生えているらしいから」  「心得ました」  中山は律儀に答える。それから、何かを思い出したような顔つきになる。 「――そういえば、四日前に米軍の戦闘機が来た時、黒木大尉どのの下宿も被害が出たと聞きましたが」  中山の言葉に、金本はわずかに目を細めた。 「……ちょうど、これから、その片付けを手伝いに行く予定だ」

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