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第19章⑫

 高島はため息を吐き、矢口に向き直った。 「すでに救出が完了し、飛行場へ帰還した特攻隊員の処遇だが……」  高島は、言っている途中で目を閉じる。その動作を、矢口は特段あやしみもしなかった。  高島は高齢とは言わぬが、老齢と言って差し支えない年だ。東京から福岡へ司令部が移転してから、疲れを見せる様子が増えた。さらに米軍が沖縄に上陸して以来、その頻度は増す一方であった。  司令官の言葉を引き継ぐ形で、矢口は言った。 「以前、決定した通りに進んでおります。戻ってきた特攻兵たちを収容するために、この司令部に近い学舎を接収し、準備を進めています。収容者を管理する責任者については、明日中にも裁可を仰ぐことになるかと……」  そこまで言って、矢口はようやく異変に気づいた。  高島は目を閉じたまま、苦悶の表情を浮かべていた。両手を胸のあたりに押し当て、まるで心臓に刺さった透明なナイフを引き抜こうと、もがいているようにも見えた。 「閣下…!?」  驚く矢口を前に、高島はうっすら目を開ける。大したことはないと、手振りで示そうとする。だが、あぶら汗のにじむ顔では少しも説得力はなかった。  高島は、そのまま座っていた椅子の上からずり落ちた。 「--誰か! 高島中将が、発作を起こした!!」  矢口の叫び声を聞いて、最初に駆けつけたのは隣室に控えていた上原少佐だった。矢口に軍医を呼ぶように頼むと、上原は床に倒れる司令官の背中に手を回す。もう一方の手には、高島がいつもの習慣で窓辺に置いていた狭心症の薬が握られていた。 「閣下。薬を飲めますか? 飲んでください、閣下……!!」  上原の必死の願いを、高島は聞き届けることができなかった。胸から広がった激痛が、四肢の自由を奪い、耳の中では濁流のような音がこだました。  騒ぎを聞きつけて集まってきた将官たちの姿が、高島の目に映る。ほとんどの人間が、驚きや緊張をあらわにしている。  だがその中に、まるで安物のお面をかぶったごとく、表情のない者がいた。  河内作治大佐は高島と目が合った瞬間、いやらしい笑みを倒れ伏す老将に見せつけた。  それから、声に出さずに何かを口にする。「い」と「え」の口の形。  遠ざかる意識の中で、高島は信じられない思いで理解した。 「死ね」ーー河内は高島に向かって、確かにそう言い放った。

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