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第19章⑬

 知覧飛行場で、金本はささやかな偶然から松岡と再会した。  それは、黒木らと共に沖縄へ向かう特攻機の直掩につき、任務を終えて戻った直後のことだった。解散した直後、「はなどり隊」の誰もが疲弊していた。海上で長時間、航空機を操縦することに、陸軍の搭乗員は海軍ほど慣れていない。機体に異常や故障が起こった時、不時着できる場所が必ず見つかる保証もない。海面に墜ちれば、それまでだ。  そういった精神的圧力を抱えながらも、この日は、幸い誰一人欠けることなく戻ってくることができた。  帰還後、金本は愛機の整備を中山たちに委ねると、飛行場内をあてもなく歩いた。  脳裏に、途中で別れた特攻機とその搭乗員たちの姿が、焼きついて離れなかった。  特攻隊を率いていた隊長は、航空士官学校出身の中尉で、どう見ても二十五より年上には見えなかった。その下で飛ぶ隊員たちも、せいぜい二十歳そこそこである。  彼らの乗機は旧式の「隼」だった。無事、沖縄近海まで飛べたか、分からない。出発する時点で、すでに二機が不具合を起こして、離陸できなかったくらいだ。飛び立った機体も途中、問題を引き起こしていておかしくない。さらに飛んでいる様子を見ていたが、満足に編隊も組めないほど未熟な者ばかりだった。  あれでは、運よく米軍艦船までたどり着けたとしても、すぐに警戒機か船の火砲に撃墜される。そんな未来しか、金本には見えなかった……。  …歩くうちに、特攻隊員たちが寝泊まりする兵舎が、金本の目に入った。  木造の屋根と地面とが異常に近接している。地面に穴を掘って作った半地下式だからだ。  その兵舎のすぐそばで、特攻隊員と思われる搭乗員たちが、車座になって騒いでいた。足元に、いくつもの酒瓶が転がっている。  金本が見ていると、一人が立ち上がって歌を歌い始めた。軍歌のようだが、金本の知らない曲調だ。歌い手以外は、手を叩いて拍子を取り、野次を飛ばす。遠目にも、酔っぱらっているのは明らかだった。ただ陽気というより、どこか狂乱して、やぶれかぶれになっているようにも見えた。  何気なく、彼らを眺める金本は、そこに知った人間の顔を見出した。  まもなく相手も、金本の存在に気づいた。他の者に断りを入れる仕草をすると、立ち上がって近づいてきた。 「--しばらくぶりです。金本曹長どの」  穏やかな顔で、松岡は敬礼した。  酒がどれくらい入っているか分からないが、少なくとも態度や動作に乱れた様子はうかがえない。普段あまり目立たぬこの青年が、「はなどり隊」でも一、二を争う酒豪であったことを、金本は思い出した。 「……元気か?」  言ってから、金本は気まずさを覚える。遠からず死ぬ運命にある相手に対し、感じる気まずさだ。だが、松岡の方は気にした様子もない。むしろ、一時の憑き物が落ちたように、晴れ晴れしていた。 「俺は大丈夫です。『はなどり隊』の皆は、変わりないですか? 今日、直掩に出たと聞きましたが…」 「全員、無事に帰還した」 「それはよかった」  松岡はそう言って、今しがたやって来た方向に目をやる。 「さっき酒を飲みながら、一緒に行く連中と言っていたんです。もし直掩についてもらえる隊を選べるなら、帝都防衛についていた『はなどり隊』がいいと」 「……」 「あそこにいる皆が、日本のことを本気で憂えています。なんとしても、自分たちで米軍の侵攻を止めるんだって…本当にいい連中です」  松岡の言い方とその横顔に、金本はかすかな違和感を覚える。 「お前も…そうやって、志願したのだろう?」  金本の指摘に、松岡はハッとなる。金本を見返し、一瞬、何か言いたげな表情になる。しかし寸前で思いとどまったように、唇を引き結んだ。  離れた場所で、歌がまだ続いている。ただ、聞こえてくる曲調は先ほどと違う。どうやら別の歌のようだ。 「--うるさいのは、大目に見てやってください」  松岡は、いくぶん小声で言った。 「今はああやって、騒いでいますが。夜になると、布団をかぶってすすり泣いている者が何人もいるんです。お国のために命を捨てる覚悟でいても…死ぬのはやっぱり、怖いんでしょう」  淡々と語るかつての仲間を前にして、金本はむしょうに問いつめたくなった。  --お前は、どうなのだ? 祖国のためとはいえ、自らに死刑宣告を下して、後悔していないのか?   どうして、そんなにわだかまりのない顔でいられるんだ?  だが、言葉にするより先に、松岡の方から別れを告げられた。 「そろそろ、失礼させていただきます。なるべく早く、戻ってこいと言われましたので」 「ああ…」  口ごもる金本に一礼し、松岡は踵を返す。金本は我慢できずに、その背に呼びかけた。 「松岡!」  呼び止められた青年が立ち止まり、振り返る。 「--お前は、いい僚機だった。いなくなって、寂しい」  松岡は何も言わなかった。ただ、嬉しそうな顔で敬礼すると、今度こそ死にゆく友がらたちのところへ、戻っていった。

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