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第19章⑭

 同じ頃、整備兵の千葉登志男軍曹たちは、別の整備班から応援要請を受け、滑走路近くの駐機場に来ていた。  そこに、一機の『(はやぶさ)』が停まっていた。見た瞬間、それが特攻機だと千葉は気づいた。機体から機銃が外されて、そこにテープが貼られ、無線電話も降ろされていたからだ。飛び立てば二度と戻ってこない航空機を前に、千葉は気分が重くなる。けれども、要請を受けた以上、手伝いを断るわけにもいかなかった。  現れた『隼』の整備班長は、千葉の横に並ぶと、妙なことを言った。 「こいつは今朝から一切、いじっていない。しかし、搭乗員どのが言うには不具合があるらしい。そいつが何か、あんたらで調べて教えて欲しい」  千葉は一瞬、相手が整備兵としての経験が足りず、そんなことを言っているのかと思った。しかし、よく日焼けし、血管が浮き出た腕は、明らかに千葉より年かさであることを示している。  そして、同じように日焼けした顔に、痛々しいあざがあった。つい何時間か前に、殴られたばかりで、明日には一層、青黒く腫れそうだ。さらに整備班長だけでなく、その下で働く三人の整備兵もまた、頬や目のあたりを腫らしていた。  鉄拳制裁が日常茶飯事の兵隊においてさえ、それは異様な光景だった。殴られた者たちの間にはいっそ、剣呑な雰囲気さえ漂っている。その不穏さに違和感を感じつつも、千葉はいつもの手順で部下たちと共に仕事に取りかかった。  そして三十分も経たない内に、結論を下した。 「ーー今、目視できる範囲では、どこにも不具合はありません。よく整備されています。もちろん、発動機自体に問題があるとしたら、分解しないと分からないですが……少なくとも回転音を聞く限り、異常はないと思います」 「つまり、すべて正常だと?」 「そのはずです」  千葉の言葉を聞いて、顔にあざを持つ整備兵たちが、目を見交わす。一人が憎々しい口調で、「あの腰抜け野郎」とつぶやくのが、千葉の耳に入る。  整備兵たちの殺気だった様子を目にし、千葉はようやく、あることに思い当たった。 「この隼……もしかして、今朝、離陸できなかった特攻機ですか?」  その問いに、整備兵たちが不満と怒りの表情を浮かべる。彼らの態度を見れば、答えは自ずと明らかだった。 「不具合がないと分かれば、それでいい」  整備班長が言った。 「この機体に乗った少尉どのが言うには、『異常を感知したから、離陸を中止せざるを得なかった』とのことだ。それも今回が初めてじゃない。二度目だ。おかげで、俺たち整備班の仕事がなっていないと、上官どのから叱責されて、制裁を食らった」  だが、三度目はない、と彼は冷ややかに言った。 「…おい、お前ら。今度こそ、あの腑抜けの少尉どのには、生き神さまとして、きっちり務めを果たしてもらおうじゃないか。さもなくば、こちらが割を食うばかりだ--おう。手間をかけさせて、すまなかったな。あとは、こちらでどうにかする」  それから、用は済んだとばかりに、千葉たちを解放した。

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