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第19章⑯

 翌日。二機の特攻機が、日も明けやらぬ時刻に出撃することになった。  直掩機は、つかなかった。たった二機の出撃に、つけるのが惜しいという上層部の判断か、それとも他の理由によるものかは、定かでなかった。  見送る人間も少なかった。通常なら、特攻隊員の身の回りの世話をする女子学生や、あるいは地元の者が十人、二十人と来る。しかし、早朝ということもあって、滑走路脇にいるのは、わずかな数の整備兵と見物に来た搭乗員たちだけであった。  「はなどり隊」からは金本、今村、それに千葉たちが出てきていた。しかし、今朝の見送りは強制ではなかったため、半数以上がいまだ就寝中だ。黒木の姿もない。  二人の特攻隊員の内、一人は何事もなく操縦席へのぼった。しかし、もう一人は、搭乗機である『隼』のそばまで来たものの、そのまま翼の下で、うずくまってしまった。  整備兵たちが、そこに駆け寄ってくる。彼らは男の腕を強引につかむと、四人がかりで押したり引いたりして、翼の上に無理やり押し上げた。だが、男は駄々をこねるように、またそこで座り込もうとする。 「…なんだ、あいつは?」  滑走路脇の見送りの中から、低いざわめきが上がり始める。  金本たちは、やや離れたところにいた。それでも搭乗機に乗ろうとしない男の顔が、薄闇を通して、かなりはっきり見えた。  恐怖からか、受け入れられない不条理さからか、憔悴し、ゆがんでいる。  …整備兵たちにもみくちゃにされる宇都木は、半分、狂いそうになりながら、救いを求めるように観衆たちに目を走らせた。  そこに昨日、会った同輩の姿を認めた。  宇都木と違って、まだ生きることを許された男をーー。 「--頼むよ、今村!! ()わってくれ!!」  悲痛な叫び声が、一帯にこだました。聞いた人間たちが顔を見合わせ、いっそうざわざわし出す。例外は「はなどり隊」の面々だけだ。金本はハッとして、横に立つ仲間を振り返った。  今村は青ざめた顔で、宇都木の方を見つめ返していた。肩が、ほんのわずかに震える。  口を引き結び、それと分かる程度に、今村は首を横に振った。  宇都木に見えたかは、定かでない。先ほどの絶叫で、反抗する力を全て使い果たしたのか。うつろに両目を見開いた男は、整備兵たちに引きずられ、そのまま抵抗することなく操縦席におさまった。  二機の『隼』の発動機が、出力を上げる。  間もなく、先ほどの一幕がまぼろしだったように、あっさりと飛び立っていった。

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