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第19章⑲

 第六航空軍司令部が置かれた女学校に隣接する形で、また別の私立の女学校があった。  敷地の一角に、二階建ての寄宿舎が建っている。そこが陸軍に接収されたのは、5月に入ってからのことだ。  寄宿舎が、どのような目的で使われているか。知っている者は、司令部でも限られている。薄暗い建物の内部は、刑務所よりもさらに陰惨な空気で満ちていた。  一階にある元々、裁縫をするための部屋に、六、七人の青年たちが、直立不動の姿勢で並ばされていた。彼らの前に、竹刀を手にした一人の男が立っている。男は侮蔑もあらわに一同を睨みわたすと、手中の竹刀でバシッと床を叩いた。 「貴様らはゴミだ!」   男は叫んだ。 「虫ケラ以下だ。特別攻撃隊という崇高な任務を拝命したにもかかわらず、それを果たせず、おめおめと逃げ戻ってきた。もう一度言うが、ゴミ虫以下だ!」  己の言葉に酔うように、男の顔が赤らむ。嗜虐的な顔つきで男は手を翻すと、居並ぶ青年たちを次々と竹刀で打ちすえた。  血が飛ぶ。うめき声が上がる。腹を打たれた一人がたまらず、うずくまると、その頭上に容赦無く打撃が加えられる。  一方的な制裁は、十五分ほど続いた。男は殴った青年たちを再び並ばせると、唾を飛ばしてまた怒鳴りつけた。 「貴様らが、その卑しい生にしがみついていられるのも、今のうちだ。必ず、特攻へ再出撃させる。その日まで、今度こそきちんと死ねるよう、毎日、精神修養を積ませてやる。まずは、生き恥を晒したことを詫びる反省文を書いてこい!」  暴力を振るった時の興奮を引きずったまま、男は自分に当てがわれた居室へ戻る。  寄宿舎の備品である木椅子に座ると、壁に向かって独りごちた。 「情けない。全くもって、情けない! 特に学徒どもは、根性が足りん。ありがたくも、国のために命を捧げる機会を与えられながら、醜態を晒しおって。恥を知れ……ーー」  聞く者もいない身勝手な独白は、扉をノックする音で中断された。 「小脇少佐どの、失礼いたします」 「なんだ?」  現れた当番兵に向かって、男ーー第六航空軍所属の小脇順右少佐は、ぞんざいにあごをしゃくった。 「河内作治大佐どのより伝言です。至急、司令部の大佐の元へ出頭せよとのことです」  

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