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第19章㉗

ーー小脇順右…!?  金本がその名前を耳にしたのは、半年近く前だ。しかし、まだ忘れてはいなかった。  去年の十二月、防空総司令部が主宰する会議に黒木が参加した。そこで黒木は大尉にすぎない立場で、特攻作戦の継続は間違いだと説き、将官たちから猛烈な反感を買った。とりわけ、特攻を熱烈に支持する小脇順右少佐との間で、湯呑みと文鎮を投げ合う修羅場を演じ、小脇を一方的に負傷させた末、退席を命じられた。  そういった話を、金本は黒木の口から直接、聞いていた。  上層部と真っ向から対立したことが原因で、黒木がB29を対象とする特攻隊員に選ばれたことや、その際、黒木だけでなく金本も候補者に上がっていたこと、黒木は金本を特攻に行かせないために、自ら死地に赴くことを選んだことも……。  金本は急に、足元がぐらりと揺らいだ気がした。  小脇がなぜ知覧にやって来たのか、どうして自分がこの場に呼ばれたのか、そして話の行き着く先に、何が待ちかまえているかを--予想できてしまった。 「私は、第六航空軍の河内作治大佐どのから直々に命を受け、ここにいる上原少佐と重大な任務を遂行するために来た」  小脇の大仰な物言いに、感銘を受けた人間がいたとしても、それは言った本人だけだった。金本も、そして上原も、小脇が熱狂していくのと反比例して、心が冷えていった。 「貴官もあるいは聞き及んでいるかもしれんな、金本曹長。沖縄に、憎き米軍が上陸して以来、我が陸軍航空隊は、海軍航空隊と共に、米軍の艦船に対する特攻作戦を粛々と進めてきた。…しかし、だ!」  小脇はたった二人の聴衆の注意を引くために、大声を張り上げる。  その単純でひねりのないやり方は、二流の講談師と変わらなかった。 「あろうことか、臆病風に吹かれて沖縄まで飛ばず、あれこれ口実を設けて途中の小島へ不時着するふとどき者が現れた。しかも一人、二人ではない。まったく、ゆゆしき事態だ。かように恥ずべき醜態が明るみに出れば、国民は失望し、さらには兵たちの士気をくじくことは必定である。とりわけ、河内大佐どのは深く憂慮され、そして一つの秘策を練り上げられた。特別攻撃隊こそ、大日本帝国を守るための最後の砦であり、隊員に選ばれることが至上の名誉であるーーそのことを、今ひとたび思い起こさせるために、民衆の心を奮い立たせる物語が必要だ。それは、どんな話か?--そうだ。日本人ですらない、外地の朝鮮人が、日本を守るために己の身を犠牲にして、米軍の空母を轟沈させる。朝鮮人ですら死を恐れず、名誉ある戦死を遂げるのだ。大和魂を持つ日本男児に、それができぬはずがない!--と、このようなわけだ」  長々と語り、小脇はついにその言葉を口にした。 「金本勇曹長。今この時をもって、貴官を特別攻撃隊の一員に選入する」

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