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第19章㉜
-- 一週間ノ謹慎トス。但 シ特ニ直掩任務ヲ命ジラレシ時ヲ除ク --。
それが、黒木に下された処罰だった。
階級が上の少佐に対し、度重なる暴力行為を振るったのだから、もっと重い罰を与えられても、おかしくはなかった。事実、被害者である小脇は戦隊長に詰めよって、より重い降格の処分を求めている。しかし、これは却下された。小脇の方にも問題なしとは言えないと、戦隊長だけでなく、上原も提言したからだ。
「小脇少佐は黒木大尉を挑発し、度を過ぎた誹謗中傷を浴びせた。その振る舞いは、明らかに士官として守べき礼儀を欠いていた」
小脇が殴られるより少し前に、上原は廊下に戻ってきていた。もとより、盗み聞きする意図はなく、開きっぱなしのドアから、勝手に小脇のどら声が階段辺りまで響いていた。
上原は黒木という男のことを、さほど知っているわけでもない。しかし、あれほどひどい言葉を浴びせられれば、仮に温厚な人間だったとしても、逆上するのはやむ無しと思えた。
…黒木に下った処分を、金本が知ったのは翌朝のことだった。
それは金本が特攻隊に入り、出撃する知らせと同時に「はなどり隊」に届いた。おかげで、朝食前の兵舎は軽い狂乱状態に陥った。
金本も平常通りとはいかなかったが、それでも今村あたりに比べれば、まだマシだった。少なくとも二つの悪い知らせの内、一つは昨夜のうちに知っていたのだから。そして正式に特攻隊員となったことで、早いうちに兵舎を移らなければならなかった。
幸い金本が去る前に、「らいちょう隊」の蓮田が様子を見にやって来た。今村では手に負えなかった搭乗員たちの動揺を、蓮田は戦隊長の元へ事情を聞きに行くという提案をして、うまく鎮めてくれた。仲間たちが落ち着きを取り戻すのを見届けて、金本は新たに割り当てられた特攻隊員専用の兵舎へ--人生の最後の一晩を過ごす場所へ向かった。
「ここを使ってください。昨晩、出撃した隊員の布団がまだ残っていますが、すぐに当番兵に言って、取り替えてもらいますので」
「いや、そのままでいい」
金本は、案内してくれた青年を振り返る。
「そんなに気を使わなくていい、松岡」
「…はい」
松岡はそう答えたものの、表情には困惑の色が強い。金本が自分と同じ立場になったことを、まだうまく受け止めきれず、とまどっていた。
松岡が立ったままだったので、金本は座るようにうながす。松岡は言われた通りにしたが、そこで会話が途切れた。元々、どちらも弁が立つ方ではない。それでも沈黙がいたたまれず、松岡の方から声を低くして尋ねた。
「曹長どのは、ご自分で志願されたわけではないですよね」
「…ああ。昨晩、呼び出されて、選出されたと聞かされた。必ず成功させるように、とも」
金本は淡々と言う。
「明日の朝、飛び立つ。松岡は?」
「実は、俺も明日です。おそらく、同じ隊で行くことになると思います」
「そうか。お前が一緒なら、心強い」
「…もったいないお言葉です」
僚機だった男がいてくれて心強いのは、松岡の方だった。しかし、それを口にはしない。志願した自分と違い、上からの命令で行かされる金本のことが、気の毒でならなかった。
松岡はあることを思い出して、頬のあたりを撫でた。
「…俺が志願した時、実は黒木隊長に殴られました。金本曹長どのは、大丈夫でしたか?」
「階段から突き落とされた」
「え…それは、さすがにやり過ぎでは?」
「怪我をさせて、出発を遅らせようとしたらしい」
「……ああ、なるほど」
「だが、どうにもならないことだ。最後には、諦めてくれたと思う」
金本はそう言ったものの、自分でも半信半疑だった。
特に、黒木の謹慎処分を知ってからは。蓮田が持ってきた話によれば、あの小脇少佐と一悶着 を起こし、相手に怪我を負わせたらしい。それ以上の詳細は不明だ。
今はただ、金本が飛び立つまで、大人しくしてくれることを願うばかりだった。
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